2007年のフォーミュラ・ニッポン

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2007年のフォーミュラ・ニッポン
前年: 2006 翌年: 2008
2007年のフォーミュラ・ニッポンにおいてドライバーズタイトルを獲得した松田次生

2007年のフォーミュラ・ニッポンは、2007年3月31日 - 4月1日富士スピードウェイで開幕し[1]11月17日 - 18日鈴鹿サーキット[2]まで全9戦で争われた自動車レースのシリーズである。

シリーズチャンピオンは松田次生Team IMPUL)が獲得した[3]

開幕戦富士を前年王者のブノワ・トレルイエが制し、第2戦鈴鹿を本山哲、第3戦もてぎでは小暮卓史、第4戦をロニー・クインタレッリと毎戦優勝者が変わる混戦が続いた。第5戦鈴鹿ではトレルイエがスプーンカーブ立ち上がりで立川祐路とバトル中に交錯しガードレールにクラッシュし、車体が激しく壊れる状況だったため赤旗が提示された(トレルイエに重大な怪我はなかった[4])。中断を挟む波乱のレースを本山が勝利し、初の「2勝目」を挙げるドライバーとなった。

第6戦富士ではアンドレ・ロッテラーがシーズン5人目の優勝者となり、第7戦SUGOは小暮がトレルイエを振り切り2勝目を挙げる。トレルイエは2位となったが、この時点でのポイントリーダーとなった[5]。第8戦もてぎでは小暮が連勝でシーズン3勝目、チームメイトのロイック・デュバルとの1-2フィニッシュで飾り、タイトル争いはトレルイエ45pt、小暮41pt、松田次生41ptという微差で最終戦を迎えることとなった[6]

最終戦鈴鹿では、小暮が予選ポールポジションを獲得。トレルイエは予選4位、松田に至っては予選11位と中団に埋もれ、小暮有利で決勝がスタート[7]。決勝レースでも小暮は一度もトップを譲ることなく独走でトップチェッカーを受け、シリーズタイトルも獲得したと思われた。しかし、レース後の車検で小暮車のスキッドブロックが規定の厚さ以下に削れていることが判明し、失格が決定[8]。チーム総監督の中嶋悟もこの裁定を受け入れた[7]。ポイントリーダーだったトレルイエはレース中盤まで2位で走行していたが、33周目にL.デュバルと130Rで絡みリタイア、ノーポイントとなっており、このレース4位となった松田次生が大逆転でシリーズタイトルを獲得。松田はシーズン未勝利であったが、2位2回、3位2回、4位2回と優れた安定度で頂点に立った[9]

前年度からの変更点

ポイントシステム

前年までは6位以内が入賞とされていたが、F1と同じ得点方式に変更され、8位までが入賞となった[10]。チャンピオンシップ有効ポイントは、全戦での獲得ポイントが対象である。

決勝順位1位2位3位4位5位6位7位8位
ポイント108654321

車両規定

追い越しの促進を目指して、車両規定の変更が行われた。

  • 第5戦(鈴鹿):リヤウイングのサードエレメントの使用禁止、サイドスカートの追加、そしてバージボードの下方延長
  • 第7戦(菅生):2008年シリーズより使用する予定であったタイヤサイズの変更を、前倒し適用

エントリーリスト

スケジュール及び勝者

シリーズポイントランキング

脚注

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