コーンウォリス卿の肖像

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製作年1783年
寸法76 cm × 63.1 cm (30 in × 24.8 in)
『コーンウォリス卿の肖像』
英語: Portrait of Lord Cornwallis
作者トマス・ゲインズバラ
製作年1783年
種類キャンバス上に油彩
寸法76 cm × 63.1 cm (30 in × 24.8 in)
所蔵ナショナル・ポートレート・ギャラリーロンドン

コーンウォリス卿の肖像』(コーンウォリスきょうのしょうぞう、: Portrait of Lord Cornwallis)、または『初代コーンウォリス侯爵チャールズ・コーンウォリス』(しょだいコーンウォリスこうしゃくチャールズ・コーンウォリス、: Charles Cornwallis, 1st Marquess Cornwallis)は、18世紀イギリスの巨匠トマス・ゲインズバラが1783年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。画面上部左側に「CHARLES EARL CORNWALLIS」というモデルの人物名が記されており、チャールズ・コーンウォリス (初代コーンウォリス侯爵) を表している[1][2]。作品は1869年以来、ロンドンナショナル・ポートレート・ギャラリーに所蔵されている[1]

本作が制作された当時、コーンウォリスは将軍としてアメリカ独立戦争に従軍し、南部戦線でイギリス軍とロイヤリスト (イギリスを支持したアメリカ人) を指揮したばかりであった。チェサピーク湾の海戦フランソワ・ジョゼフ・ポール・ド・グラスフランス海軍に行く手を塞がれ、ジャン=バティスト・ド・ロシャンボージョージ・ワシントンフランス・アメリカ連合軍に囲まれ、彼はヨークタウンの戦い中の1781年10月19日に降伏することを余儀なくされた。上官のクリントンがニューヨークから救援しにやってきたが、間に合わなかったからである。コーンウォリスの降伏は戦争の終焉を意味したわけではなかったが、ノース内閣の崩壊に直接つながった。

ゲインズバラ『第2代コーンウォリス伯爵・初代コーンウォリス侯爵チャールズ』 (1782年以降)、ロイヤル・コレクション、ロンドン

コーンウォリスは、アメリカ独立戦争を終結させたヴェルサイユ条約 (1783年) が批准された際に描かれている。彼のキャリアはウィリアム・ピット政権下で復活し、さらに次の25年間ほど主にインドアイルランドで政務に従事した。1802年には、フランスと交渉してアミアンの和約を結び、一時的にナポレオン戦争を終結させた。コーンウォリスは、後にジュール=クロード・ジーグラー英語版により『アミアンの平和英語版』に描かれている[3]

コーンウォリスは、ヨークタウンから帰って、本作のモデルとなった。同時に、アメリカ独立戦争に従軍したもう1人のアイルランド人将軍フランシス・ロードン=ヘイスティングズ (初代ヘイスティングズ侯爵) もまた、ゲインズバラによって描かれている。戦友であった2人は、自身の肖像を相手に贈った。本作は、1783年のロイヤル・アカデミー夏季展英語版で展示され、コーンウォリスに「よく似ている」と評された[1]。本作よりすぐ後に、当時のプリンス・オブ・ウェールズ、後のジョージ4世 (イギリス王) から委嘱されたヴァージョンが現在、ロイヤル・コレクションに所蔵されている[1][4]

脚注

参考文献

外部リンク

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