ドラゴンズクラウン賞

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スポーツ 野球
受賞対象 その年に一番活躍した中日ドラゴンズの選手[1]
ドラゴンズクラウン賞
スポーツ 野球
リーグ セントラル・リーグ
種目 日本のプロ野球 (NPB)
受賞対象 その年に一番活躍した中日ドラゴンズの選手[1]
協賛 愛知トヨタ自動車[1]
日本の旗 日本
歴史
最新受賞 松山晋也[2]
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ドラゴンズクラウン賞(ドラゴンズクラウンしょう)とは、中日ドラゴンズの現役選手のうちその年で最も活躍した選手を選出し表彰する賞である[1]。ドラゴンズの親会社・中日新聞社から発行されている『中日スポーツ』が主催し、愛知トヨタ自動車(愛知トヨタ)が協賛する[3][1]。略称は「クラウン賞」。愛知トヨタが創立40周年を記念して1982年に制定し[4]、同年は田尾安志が最優秀選手受賞者を受賞した[5]。当初は愛知トヨタ40周年記念企画という名目だったが[6]、翌1983年(第2回)以降も2025年(第44回)まで毎年ファン投票による選考・表彰が行われている[2]

毎年ファンからの投票で候補選手が選ばれ、ファン投票上位数人の中から選考委員会がシーズン成績を分析し[7]、1名の最優秀選手と数名の優秀選手を選出する[8]。中日のチームMVPに相当する賞としては、『中日スポーツ』が制定し、同紙評論家や選考担当記者らによる選考委員会が選定する「昇竜賞」が存在するが[9]、この「クラウン賞」の最優秀賞も同年の中日のチームMVPと位置づけられている[10][11][12]。ただしファン投票の結果はあくまで参考であり、最多得票者が必ずしも最優秀選手賞に選ばれるとは限らない[注 1][13]。最優秀選手賞に次ぐ選手に贈呈される賞の名称は1982年(初代)から1997年(第16回)まで「敢闘賞」だったが[14][5][15]、1998年(第17回)以降は「優秀選手賞」になっている[16]。その後、2025年(第44回)では再び「敢闘賞」が贈呈されている[2]。また、それ以外に特別賞が設定される年もある。

最優秀選手には協賛する愛知トヨタより賞品として、賞名にも冠された高級乗用車のトヨタ・クラウンでも上位車種となるトヨタ・クラウンマジェスタなどが[注 2]、優秀選手と特別賞には金一封が贈られる[注 3][3]。またクラウン賞および、毎月の『中日スポーツ』月間賞への投票者にも抽選で賞品(1988年、1996年時点ではトヨタ・カリーナなど)が贈呈される[19][21]

表彰式は中日の本拠地(1996年まではナゴヤ球場、1997年以降はナゴヤドーム)で開催されるシーズン最終戦の試合後に開催される[注 4][11][15][16]

ドラゴンズ広報の足木敏郎は、自身が1982年当時現役だった星野仙一や、当時の愛知トヨタの社長・山口直樹(初代社長である山口昇の娘婿)、同社専務の古田公徳とともに麻雀をした際、星野が山口に提案したことをきっかけに制定された賞であると述べている[22]。また山口は熱心なドラゴンズファンであり、会社の創立40周年を記念し、ドラゴンズを応援する意図でこの賞を創設したと報じられている[4]。クラウン賞が制定される以前にも、『中日スポーツ』がドラゴンズ選手の活躍を称える「月間賞」「昇竜賞」を制定しており、またセントラル・リーグ連盟からも「月間シルバー賞」が贈呈されていたが、民間企業からの豪華賞品贈呈を伴う賞が制定されたのは初めてだった[4]。1980年代から1990年代にかけては、当代の最優秀選手賞受賞者を「ミスタードラゴンズ」と呼称することがあった[14][23][24][18]

なお、1954年から2006年までに開催されたプロ野球日本シリーズではマツダが球団スポンサーの広島東洋カープ以外の球団が日本一になった場合、シリーズ最優秀選手 (MVP) 賞としてクラウン賞と同様トヨタ自動車からトヨタ車が贈呈されていたが、中日が初の日本一に輝いた1954年の初代受賞者・杉下茂に贈呈されたのはクラウンシリーズの前身のトョペット・スーパーであり[注 5]、それ以来中日は同賞が廃止された初の年である2007年の日本シリーズで53年ぶりの日本一を達成するまで日本一を達成したことがなかったため、日本シリーズにおいて中日の選手にクラウンシリーズが贈呈されたことは一度もない。

歴代受賞者

関連項目

脚注

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