1982年の中日ドラゴンズ

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日本S 2勝4敗(対西武[1]
オーナー 加藤巳一郎
経営母体 中日新聞社
1982年の中日ドラゴンズ
成績
日本シリーズ敗退
日本S 2勝4敗(対西武[1]
セントラル・リーグ優勝
64勝47敗19分 勝率.577[2]
本拠地
都市 愛知県名古屋市
ナゴヤ球場
球団組織
オーナー 加藤巳一郎
経営母体 中日新聞社
監督 近藤貞雄
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1982年の中日ドラゴンズ(1982ねんのちゅうにちドラゴンズ)では、1982年の中日ドラゴンズにおける動向をまとめる。

この年の中日ドラゴンズは、近藤貞雄監督の2年目のシーズンである。

中日ドラゴンズの当年及び近年のシーズン成績
最終成績














O
P
S





1982 日本シリーズ敗退優勝130644719.577529478.26614363119384.7323.2720110近藤貞雄
1981 リーグ5位5位13058657.472545537.26815162106410.7533.7119106近藤貞雄
1980 リーグ6位6位13045769.372495639.2611345088373.7164.4215126中利夫
1979 リーグ3位3位130595714.509..中利夫
1978 リーグ5位5位13053716.427635..4.451599中利夫
1977 リーグ3位3位13064615.512575.2751766982424.779与那嶺要
1976 リーグ4位4位130546610.450..与那嶺要
1975 リーグ2位2位13069538.566466..3.192486与那嶺要
1974 日本シリーズ敗退優勝130704911.588561.2641506181411.743与那嶺要
1973 リーグ3位3位13064615.512..与那嶺要
1972 リーグ3位3位13067594.532491..3.293095与那嶺要

前年から先発転向の小松辰雄を開幕戦の先発で起用するが、その小松が開幕戦で内転筋を痛めて登録抹消される最悪のスタート。スタートダッシュには程遠かったものの、5月以降は巨人広島との首位争いが続いた。投手陣では鈴木孝政が5月後半から先発へ回り、都裕次郎三沢淳郭源治などとローテーションを形成し、救援では小松・牛島和彦のダブルストッパーが控えるなど層が厚くチーム防御率3.27はリーグ2位だった。打撃陣はこの年入団のケン・モッカやレギュラー定着の平野謙が打線の中心となり、田尾安志谷沢健一大島康徳中尾孝義などが脇を固めた。特に田尾はこの年打撃好調で大洋長崎啓二と首位打者を争い、2年目の中尾も殊勲打を多く放ってMVPも受賞するなどチームに貢献した。最終的にチーム本塁打は143本でリーグ1位。9月28日の巨人戦で2対6とリードされた9回に江川卓を打ちこんで6対6の同点にすると最後は大島が角三男からサヨナラ打を放ち、2位ながら優勝マジック12が点灯。優勝決定試合となった10月18日の大洋戦で首位打者を争っていた長崎の首位打者を守ろうとした大洋投手陣が田尾への5打席連続敬遠を実行、それが中日打線に火をつけ大量8点、投げては開幕戦以来の先発となった小松が2安打完封に抑え1974年以来8年ぶり3回目のリーグ優勝を達成した。日本シリーズはパ・リーグ優勝の西武と28年ぶりの対決となったが、先発投手陣の不調に加え「石ころ事件」の不運も重なり、2勝4敗で敗れ日本一奪回はならなかった。シーズン終了後、星野仙一木俣達彦が引退。

中日マジック点灯から優勝決定まで
順位9/28終9/29終9/30終10/3終10/4終10/5終10/6終10/7終10/9終10/10終10/11終10/12終10/13終10/15終10/16終10/17終10/18終
1位 -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- M2 M1 M1 優勝
2位 1.5
M12
0.5
M10
1.5
M10
2.5
M10
2.0
M9
2.0
M8
1.5
M7
1.0
M6
0.5
M5
1.0
M5
0.5
M4
1.0
M4
0.5
M3
0.0 0.5 0.0 0.5
試合
結果
中7-6巨 中6-2巨 巨5-2中 巨4-0洋
ヤ6-3中
巨2-2洋
中3-1ヤ
洋9-6巨
ヤ6-4中
中5-2ヤ 中3-1神 洋3-1巨 広3-2中 中6-3神 神11-5中 中4-1広 中3-2ヤ 中3-2洋 洋3-1中 中8-0洋

レギュラーシーズン

オーダー変遷
開幕:4/45/46/17/18/29/1優勝:10/18
1 田尾安志 田尾安志田尾安志田尾安志田尾安志田尾安志田尾安志
2 平野謙 平野謙平野謙平野謙平野謙平野謙平野謙
3 モッカ モッカモッカモッカ大島康徳モッカモッカ
4 谷沢健一 谷沢健一谷沢健一谷沢健一谷沢健一谷沢健一谷沢健一
5 大島康徳 大島康徳大島康徳大島康徳モッカ宇野勝大島康徳
6 宇野勝 宇野勝宇野勝宇野勝中尾孝義田野倉正樹宇野勝
7 中尾孝義 田野倉正樹上川誠二上川誠二宇野勝豊田誠佑中尾孝義
8 田野倉正樹 中尾孝義中尾孝義中尾孝義田野倉正樹中尾孝義上川誠二
9 小松辰雄 郭源治郭源治鈴木孝政郭源治三沢淳小松辰雄

[3]

1982年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 巨人-- 巨人-- 広島-- 巨人-- 巨人-- 中日--
2位 大洋2.5中日1.0巨人1.0中日1.0中日4.0巨人0.5
3位 中日3.0広島1.0中日3.0広島2.0阪神8.0阪神4.5
4位 広島大洋3.0大洋4.0大洋6.5広島11.0広島8.0
5位 ヤクルト5.5ヤクルト7.0阪神4.5阪神7.5大洋13.5大洋14.5
6位 阪神7.0阪神12.0ヤクルト17.5ヤクルト19.0ヤクルト23.5ヤクルト23.5
1982年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝中日ドラゴンズ644719.577--
2位読売ジャイアンツ665014.5690.5
3位阪神タイガース65578.5334.5
4位広島東洋カープ595813.5048.0
5位横浜大洋ホエールズ536512.44914.5
6位ヤクルトスワローズ457510.37523.5

[2]

日本シリーズ

1982年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月23日(土)第1戦西武ライオンズ7 - 3中日ドラゴンズナゴヤ球場
10月24日(日)第2戦西武ライオンズ7 - 1中日ドラゴンズ
10月25日(月)移動日
10月26日(火)第3戦中日ドラゴンズ4 - 3西武ライオンズ西武ライオンズ球場
10月27日(水)第4戦中日ドラゴンズ5 - 3西武ライオンズ
10月28日(木)第5戦中日ドラゴンズ1 - 3西武ライオンズ
10月29日(金)移動日
10月30日(土)第6戦西武ライオンズ9 - 4中日ドラゴンズナゴヤ球場
優勝:西武ライオンズ(24年ぶり4回目)

[1]

オールスターゲーム1982

選出選手及びスタッフ
ポジション名前選出回数
投手都裕次郎
郭源治
捕手中尾孝義
内野手モッカ
外野手田尾安志3
  • この年の中日は監督推薦による選出のみであった。

できごと

  • 10月18日 - 横浜スタジアム横浜大洋ホエールズ戦が行われ、この試合中日が勝つか引き分けで中日優勝、大洋が勝てば既に日程を追えた読売ジャイアンツが優勝になる。またこの日までは、打率首位の長崎啓二(大洋)が打率.351に対し、2位の田尾安志(中日)は1厘差の.350で、田尾は打率逆転を賭けて試合に臨んだが、大洋側は長崎を休ませて田尾を5打席連続敬遠四球。しかしこれが結果的に中日の点数を増やし、試合は8対0で中日が勝って3度目のリーグ優勝を達成した。

選手・スタッフ

[4]

表彰選手

ドラフト

脚注

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