リジェ・JS21

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1983年になるとチームはドライバーのラインナップを変更する。ジャン=ピエール・ジャリエラウル・ボーセルがJS21をドライブすることとなった。

前年限りでマトラが撤退。チームオーナーのギ・リジェとホンダとの長年の関係により、当時リジェは新型ホンダ製ターボエンジン供給先の第一候補であったが、チームはそれを使用することを辞退した[1]。そのため再びDFVエンジンを使わざるを得なかった。DFVでハイパワーのターボエンジン勢に対抗するためには徹底した空力処理が必要となった。その結果、JS21のサイドポンツーンは「アロウシェイプ」として話題を呼んだブラバム・BT52よりもさらに小さいものとなっており、リヤタイヤ前にラジエターを斜めに配置した部分がある以外、ほとんどサイド部が無い特異な形状となった。これはターボ機器が不必要になったために可能になったアイデアでもあった。フラットボトム規定発効に対するもっとも極端なアプローチであったが、成績で見るとマシンそのものは失敗作に終わった[2]

サスペンションにはシトロエン製のハイドロニューマチックシステムを搭載し、意欲的なマシンとして投入されたJS21であったが、目立った結果を残すことはできず、チームはF1参戦開始以来初のシーズン獲得ポイント0となった。

F1における全成績

参照

外部リンク

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