ルノー・21

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ルノー・21(Renault 21/R21)は、フランスルノーが製造・販売していた自動車である。

日本への輸入

ルノー・21
セダン
セダン (ターボ)
ワゴン (ネヴァダ)
概要
別名 イーグル・メダリオン
ルノー・メダリオン
製造国 フランスの旗 フランス
トルコの旗 トルコ
中華民国の旗 台湾
 コロンビア
 チリ
ベルギーの旗 ベルギー
ベネズエラの旗 ベネズエラ
販売期間 1986年 - 1994年
デザイン ジョルジェット・ジウジアーロ
ボディ
乗車定員 5名
ボディタイプ 4ドアセダン
5ドアワゴン
5ドアリフトバックセダン
駆動方式 前輪駆動
全輪駆動
パワートレイン
エンジン ガソリン: 1.4/1.55/1.7/2.0/2.15L I4
ディーゼル: 1.85/2.05L I4
変速機 5速MT
3/4速AT
車両寸法
ホイールベース 2,600mm (セダン)
2,750mm (ワゴン)
全長 4,460mm (セダン)
4,645mm (ワゴン)
全幅 1,715mm
全高 1,415mm (セダン)
1,420mm (ワゴン)
その他
累計生産台数 (セダン、ワゴン) 約210万台
系譜
先代 ルノー・18
後継 ルノー・ラグナ
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1986年3月に前輪駆動(FF)中型車であるルノー・18の後継型として発売された。基本デザインはイタリアの名門・ジョルジェット・ジウジアーロが手がけた。当初は4ドアセダンのみで数ヵ月後にステーションワゴン版である「ネヴァダ」(Nevada)(イギリスでの車名は「サヴァナ」/Savanna)が追加された。

先代R18では室内の狭さが不評だったこともあり、ホイールベースが約200mm伸ばされクラス随一の室内空間を獲得した。ユニークなことにエンジンによって横置きと縦置きが存在した。その理由は当時のルノーには2.0L以上のエンジンの発生トルクに対応できる横置き用のギアボックスがなかったことが原因。縦置きモデルと横置きモデルではホイールベースが約60mm相違している。エンジンは全て直列4気筒SOHCで、エンジンルームは縦置き、横置きどちらにでも対応できる広さがあった。

生産は本国フランスをはじめ、トルコオヤック・ルノーコロンビア中国アルゼンチン(ルノー・アルゼンチン)、チリ台湾ベルギー(RIB)、イランサーイパー)と多くの工場で行われた他、当時ルノーが提携していたアメリカアメリカン・モーターズ(AMC)からもルノー・メダリオンとして1986年の後半に登場したが、翌1987年の8月にルノーはAMCをクライスラーに売却したため「メダリオン」は新たに立ち上がったイーグルブランドに変更され、「イーグル・メダリオン」として販売された。

1989年6月にアウディ・80プジョー・405といったライバル車が登場して、販売が落ちていたR21はマイナーチェンジにより「フェイズ2」へと進化。ヘッドランプ周り(除くターボ)、テールランプ、空調操作部などが大きく変更されると同時に5ドアハッチバックビスカスカップリング四輪駆動である「クアドラ」等を追加。5ドアハッチバックモデルは、フランス国内ですぐにセダンを追い抜き売れ筋モデルとなった。

1992年4月にトリム(グレード)名が変更され、それまでのTX,GTS,TXEなどに代わり新たに下からプリマ(Prima)、マネジャー(Manager)そしてアリゼ(Alize)という名称になり、同時に1.7Lと2.0L 12V、2.0Lターボに三元触媒が装着された。

1993年5月ワゴンのR21 ネヴァダが単に「ルノー・ネヴァダ」と改名される。

1994年に4ドアセダンと5ドアハッチバックは生産を終了し、後継モデルのラグナに引き継がれ、ネヴァダは1995年9月にラグナ・ワゴンが登場するまで継続生産された。累計生産台数は2,096,000台(セダン1,684,000台、ワゴン412,000台)。

日本では当時の正規輸入代理店であるJAXによって、全て4ドアセダンボディで2,200ccに4速オートマチックの組み合わせの「TXE」と、2,000ccターボエンジンに5速MTの組み合わせの「ターボ」が輸入、販売されていた。2,000ccターボエンジンに5速マニュアル、駆動方式を4WDとした「ターボクアドラ」(TurboQuadra )も少数輸入、販売された。

ガソリンエンジン

トリムモデルコード排気量最高出力最大トルクエンジンコード燃料供給方式触媒0-100 km/h最高速度生産期間
TL, GTLB/L48D1397 cm³51 kW (69 PS) bei 5250/min106 Nm bei 3000/minC2J 770キャブレター06/1988–10/1993
B/L4811721 cm³55 kW (75 PS) bei 5000/min125 Nm bei 3250/minF2N 71212,0 s173 km/h03/1986–12/1987
B/L48F54 kW (73 PS) bei 5000/min127 Nm bei 2750/minF3N 726燃料噴射12,5 s172 km/h07/1986–02/1994
TS, GTS, TSEL4821721 cm³68 kW (92 PS) bei 5750/min138 Nm bei 3000/minF2N 710キャブレター10,7 s185 km/h03/1986–03/1993
B/L48E69 kW (94 PS) bei 5200/min143 Nm bei 3000/minF3N 722/723燃料噴射03/1986–02/1994
66 kW (90 PS) bei 5250/min140 Nm bei 3000/min09/1989–06/1994
GTX, TXEB/L48C1995 cm³88 kW (120 PS) bei 5500/min168 Nm bei 4500/minJ7R 746/747燃料噴射9,7 s200 km/h03/1986–12/1993
B/L48K2165 cm³79 kW (107 PS) bei 5000/min169 Nm bei 3500/minJ7T 754/7559,9 s192 km/h07/1986–06/1994
RXL4831995 cm³J7R 750/751/ - /
TXI1995 cm³103 kW (140 PS) bei 6000/min176 Nm bei 4300/minJ7R燃料噴射
B/L48R99 kW (135 PS) bei 6000/min174 Nm bei 4300/minJ7R 7409,6 s203 km/h02/1990–06/1994
TurboL48L1995 cm³129 kW (175 PS) bei 5200/min270 Nm bei 3000/minJ7R 752燃料噴射7,4 s227 km/h04/1987–10/1993
119 kW (162 PS) bei 5500/min260 Nm bei 3000/minJ7R 7568,1 s222 km/h02/1990–10/1992

J7系エンジン以外は横置き。この他にトルコ、ポルトガルユーゴスラビア向けに1,400ccがあり、アルゼンチンとコロンビア向けに1,600ccがあり、その他の西欧諸国向けには1,700cc、2,000cc、2,200ccと2,000ccのターボエンジンを積む高性能版に、1,900ccと2,100ccのディーゼルエンジン、2,100ccのターボディーゼルエンジンが用意された。

逸話

「21」は、チェコスロバキアで1989年のビロード革命を主導し、チェコスロバキア民主化後最初の大統領、およびチェコとスロバキア分割後のチェコ共和国初代大統領を務めた劇作家のヴァーツラフ・ハヴェルが、自らの意向で大統領公用車として用いた乗用車である。 ビロード革命時に、当時のポルトガル大統領マリオ・ソアレス(自身もまたポルトガルのサラザール独裁政権と戦った人物であった)は革命による民主化支持の意を込め、ハヴェルらに1台のルノー・21TSEを寄贈する手配を行ったが、その21は1989年12月、ハヴェルが大統領に就任した日にようやく首都プラハに到着した。ハヴェルはこの贈り物をいたく喜び、権力的なリムジンの類には見向きもせずに、1.7L前輪駆動の平凡な中型実用セダンである「21」を大統領公用車として用いた。

車名

関連項目

外部リンク

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