失われた愛の世界 (曲)

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B面 レスト・ユア・ラヴ・オン・ミー
リリース
録音 1978年7月
「失われた愛の世界」
ビー・ジーズシングル
初出アルバム『失われた愛の世界
B面 レスト・ユア・ラヴ・オン・ミー
リリース
録音 1978年7月
ジャンル
時間
作詞・作曲
プロデュース
  • ビー・ジーズ
  • アルビー・ガルテン
  • カール・リチャードソン
ビー・ジーズ シングル 年表
恋のナイト・フィーヴァー
(1978年)
失われた愛の世界
(1978年)
哀愁のトラジディ
(1979年)
ミュージックビデオ
Too Much Heaven - YouTube
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「失われた愛の世界」(Too Much Heaven、トゥー・マッチ・ヘヴン)は、ビー・ジーズの楽曲。1979年1月9日に開催された国際連合児童基金の慈善イベント「ミュージック・フォー・ユニセフ・コンサート」の曲目に選ばれ、その後グループの15枚目のアルバム『失われた愛の世界』(原題:Spirits Having Flown)に収録された。アルバムはアメリカ合衆国イギリスの両方で1位を記録し、本曲から3曲連続でアルバムからのシングルが1位を獲得している。本曲はシックの「おしゃれフリーク」を蹴落としアメリカ合衆国で2週連続1位を記録した[3]。アメリカでは当時「愛はきらめきの中に」から6曲連続1位を記録しており、これはビング・クロスビービートルズエルビス・プレスリーに肩を並べる記録である。イギリスでも3位まで上昇した。

ロビン・ギブは2001年のビルボードとのインタビューで本曲を好きなビー・ジーズの曲に挙げている[4]

バリー・ギブ、ロビン・ギブ、モーリス・ギブは本曲を「哀愁のトラジディ」とともに映画『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』撮影中のとある日の午後に録音した。その晩にはアンディ・ギブに提供した「シャドウ・ダンシング」を書き下ろしている[5]

アルバムの中で本曲は最もレコーディングに時間を要した。というのも3声部のハーモニーが9層にも重ねられ、27ものボーカル・トラックで構成されている。最終的なミックスではファルセットが一番際立って聴こえる[6]。主にバリーが中心となって何度もハーモニーを重ねている[6]

本曲はシカゴリー・ロックネインジェームズ・パンコウウォルター・パラゼイダーがホーン・セクションで参加しており、アルバムではもう1曲「ストップ」にも参加している。これはシカゴの楽曲「リトル・ミス・ラヴィン」にビー・ジーズが参加した事に対するお礼だった。

デモはバリーのカウントインから始まり、完成版にあったオーケストラの重厚感はまだ無い。

発売

1978年の夏、ギブ兄弟はニューヨーク国際連合で会見を行い、次のシングル(本曲)のロイヤルティーを全てユニセフに寄付する事を発表。これは1979年に国際児童年が宣言された事を受けての事だった。こうして本曲は「恋のナイト・フィーヴァー」の9か月後に発売され、ユニセフのコンサートに先立って、まずはアメリカ合衆国とカナダで1位を記録した。

ヒットによりロイヤルティーだけで700万ドル以上を稼ぎ、ビー・ジーズはホワイトハウスに招待されジミー・カーター大統領から感謝の言葉を贈られた。ギブ兄弟はコンサートで着用した黒いサテンのジャケットを贈呈し、ファルセットを使わず本曲を披露した。ファルセットを使わないバージョンはその後、1989年のワールドツアーでもメドレーの一部として披露されており、1990年の『ゴールデン・ストーリー』にそのライヴ音源が収録された。

批評

キャッシュボックスは「彼らの代名詞でもあるファルセットは優雅かつ滑らかに舞い上がる」と評した[7]。レコードワールドは「トレードマークであるファルセットと軽やかさを持った漂うようなバラード」と評した[8]

ビーチ・ボーイズブライアン・ウィルソンは本曲に対して好意的な評価を持っており、「この曲で彼らが聴かせるハーモニーには本当に感動するし、大好きだ。彼らをとても誇りに思う。彼らはハーモニーの才能に溢れており、まさに実力派のハーモニー・グループだと思う」と褒め称えた[9]

チャート成績

認定

カバー

出典

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