失われた愛の世界 (曲)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 「失われた愛の世界」 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ビー・ジーズ の シングル | |||||||
| 初出アルバム『失われた愛の世界』 | |||||||
| B面 | レスト・ユア・ラヴ・オン・ミー | ||||||
| リリース | |||||||
| 録音 | 1978年7月 | ||||||
| ジャンル | |||||||
| 時間 | |||||||
| 作詞・作曲 | |||||||
| プロデュース |
| ||||||
| ビー・ジーズ シングル 年表 | |||||||
| |||||||
| |||||||
「失われた愛の世界」(Too Much Heaven、トゥー・マッチ・ヘヴン)は、ビー・ジーズの楽曲。1979年1月9日に開催された国際連合児童基金の慈善イベント「ミュージック・フォー・ユニセフ・コンサート」の曲目に選ばれ、その後グループの15枚目のアルバム『失われた愛の世界』(原題:Spirits Having Flown)に収録された。アルバムはアメリカ合衆国とイギリスの両方で1位を記録し、本曲から3曲連続でアルバムからのシングルが1位を獲得している。本曲はシックの「おしゃれフリーク」を蹴落としアメリカ合衆国で2週連続1位を記録した[3]。アメリカでは当時「愛はきらめきの中に」から6曲連続1位を記録しており、これはビング・クロスビー、ビートルズ、エルビス・プレスリーに肩を並べる記録である。イギリスでも3位まで上昇した。
バリー・ギブ、ロビン・ギブ、モーリス・ギブは本曲を「哀愁のトラジディ」とともに映画『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』撮影中のとある日の午後に録音した。その晩にはアンディ・ギブに提供した「シャドウ・ダンシング」を書き下ろしている[5]。
アルバムの中で本曲は最もレコーディングに時間を要した。というのも3声部のハーモニーが9層にも重ねられ、27ものボーカル・トラックで構成されている。最終的なミックスではファルセットが一番際立って聴こえる[6]。主にバリーが中心となって何度もハーモニーを重ねている[6]。
本曲はシカゴのリー・ロックネイン、ジェームズ・パンコウ、ウォルター・パラゼイダーがホーン・セクションで参加しており、アルバムではもう1曲「ストップ」にも参加している。これはシカゴの楽曲「リトル・ミス・ラヴィン」にビー・ジーズが参加した事に対するお礼だった。
デモはバリーのカウントインから始まり、完成版にあったオーケストラの重厚感はまだ無い。
発売
1978年の夏、ギブ兄弟はニューヨークの国際連合で会見を行い、次のシングル(本曲)のロイヤルティーを全てユニセフに寄付する事を発表。これは1979年に国際児童年が宣言された事を受けての事だった。こうして本曲は「恋のナイト・フィーヴァー」の9か月後に発売され、ユニセフのコンサートに先立って、まずはアメリカ合衆国とカナダで1位を記録した。
ヒットによりロイヤルティーだけで700万ドル以上を稼ぎ、ビー・ジーズはホワイトハウスに招待されジミー・カーター大統領から感謝の言葉を贈られた。ギブ兄弟はコンサートで着用した黒いサテンのジャケットを贈呈し、ファルセットを使わず本曲を披露した。ファルセットを使わないバージョンはその後、1989年のワールドツアーでもメドレーの一部として披露されており、1990年の『ゴールデン・ストーリー』にそのライヴ音源が収録された。
批評
チャート成績
週間
|
年間
|