1973年、定県城の西南4kmの八角廊村で漢墓が発見された。この墓は前漢末に盗掘の被害に遭ったが、盗掘者が墓中で失火し逃亡したため、重要文物は盗まれなかったものの、竹簡自体は火によってかなり損傷を受けた。しかし幸運なことに出土した金縷玉衣と「六安王朝五鳳二年正月起居記」という竹簡から、墓主は五鳳3年(紀元前55年)に死去した中山懐王の劉脩であることがわかった。
竹簡の内容は、
- 論語 - 620枚。ほとんどが残簡であるため、今本『論語』の半分にも満たない。
- 儒家者言 - 104枚。儒家の忠孝礼信などの道徳啓発を記したもの。
- 哀公問五義 - 今本『荀子』哀公・『大戴礼記』・『孔子家語』中の文と同じものが見える。
- 保傅伝 - 今本の賈誼『新書』と『大戴礼記』中に見えるものがある。
- 六韜 - 144枚。かなり損傷していたが、残簡中に13の編題が発見された。これらの編題はどの伝世本とも適合しないものの、敦煌唐写本『六韜』にもっとも類似している。
のほか、前述の起居記や文子・日書があった。