日坂 (掛川市)

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日坂
大字
日坂の街並み
(1955年頃撮影)
北緯34度49分5.64283秒 東経138度4分58.19614秒 / 北緯34.8182341194度 東経138.0828322611度 / 34.8182341194; 138.0828322611座標: 北緯34度49分5.64283秒 東経138度4分58.19614秒 / 北緯34.8182341194度 東経138.0828322611度 / 34.8182341194; 138.0828322611
日本の旗 日本
都道府県 静岡県の旗 静岡県
市町村 掛川市
人口情報(2024年3月末日[1]
 人口 439 人
 世帯数 180 世帯
設置日 1889年
郵便番号 436-0003
市外局番 0537(掛川MA
ナンバープレート 浜松
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 静岡県
プロジェクト 日本の町・字
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日坂(にっさか)は、静岡県掛川市にある大字

河川

金谷から日坂を望む

静岡県掛川市の北東部に位置する。合併前の旧掛川市においては東部に位置していた。三角形のような形状をした大字である。領域のほとんどが山林に覆われているが、南端には僅かながら平地が存在し人家が集中している。北から南に向かって大きく蛇行しながら逆川が流れている。

近隣には大字の名称と集落の名称とが一致しない地が散見されるが、日坂においては大字としての住所表記は「日坂」[2]と記されるのに対し、集落としては「古宮・下町」[3]、「本町・沓掛」[4]、「御林」[5]、「川向」[6]に大別される。

なお、集落としての古宮・下町、本町・沓掛、御林、川向は、他の大字に位置する集落とともに掛川市の自治区である「日坂区」を構成している[7]

歴史

歌川広重筆『東海道五拾三次日阪』
川坂屋(2009年5月中旬撮影)

大字として「日坂」と呼ばれている地には、もともとは宿駅である遠江国佐野郡日坂宿が置かれていた[8]。日坂宿は、山内氏領となったが[9]江戸時代に入ると幕府領となった[9]。日坂宿の東方には東海道の難所として知られる小夜の中山が位置していたことから、東海道を行き交う人々が羽根を休める宿場町として栄えた。名物として蕨餅が知られるようになった[9]。日坂宿は、明治元年には駿府藩領となり[9]、明治2年には静岡藩領となった[9]。この日坂宿が、のちの大字としての日坂に該当する[8]

町村制が施行された1889年(明治22年)に日坂宿は大野村、佐夜鹿村と合併することになり[10]日坂村が発足した[10]。その際に従来の宿駅や自然村は大字とされることになり、日坂村の大字として「日坂」が設置された[10][11]。日坂村は近隣の東山村と町村組合を結成することになり[10]、日坂に東山・日坂組合村役場が置かれるなど[10]、日坂は地域の政治の中心地となっていった。その後、町村組合は解消されることになり[10]、1901年(明治34年)には日坂村役場が日坂に置かれた[10]。ただ、1889年(明治22年)に官営東海道本線が開通したことから[9]、宿場町としては寂れることになった[9]。その後、この地は掛川市の一部となった[8][10]

地名の由来

日坂は、小夜の中山の西に位置していることから「西坂」の意であるという[8]。かつては「新坂」[8]、「日阪」[8]とも表記されていた。

沿革

日坂の航空写真(2020年8月7日撮影)

世帯数と人口

2024年(令和6年)3月末日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
日坂180世帯439人

事業所

2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通りである[12]

大字事業所数従業員数
日坂22事業所138人

小・中学校の学区

公立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[13][† 1]

自治小区小学校中学校
古宮小区掛川市立日坂小学校掛川市立栄川中学校
下町小区
本町小区
沓掛小区
御林小区
川向小区

交通

バス

道路

日坂の国道1号(2017年8月25日撮影)

施設

  • 下町公会堂[14]
  • 日坂宿本町公会堂[15]
  • 川向公会堂[16]
  • 掛川市消防団日坂分団[17]
  • 日坂郵便局[18]

史跡

萬屋の内装(2018年6月中旬撮影)

その他

脚注

関連項目

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