東長町 (弘前市)
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歴史
- 正保3年 - 町名は見えないが、百石町小路・百石町側と笹森町入口以東に侍屋敷のほか、町屋が配置される(津軽弘前城之絵図)。
- 慶安2年 - 町名が横町と見え、武家屋敷・町屋入り交じりで50軒の屋敷が見られる。その中には丹波屋などの屋号を持つ商家が多い(弘前古御絵図)。
- 寛文13年 - 土淵川を越えた地域に新派屋敷として31軒の屋敷割りがされ、武家屋敷のほかに大工ほか13軒、町屋を中心に42軒が見える(弘前中惣屋敷絵図)。
- 延宝5年 - 町域は三の丸東門から土淵川以東の和徳町高札場まで一~九丁目に分割され、東側七・八丁目間に東長町・北横丁・南横丁が形成されている。年代はその後はっきりしないが享保4年までに土淵川以東の町域が和徳町に編入され、三の丸東門前は下白銀町に編入される(町屋数円)。
沿革
施設
教育
- 中弘教育会館
医療
- 加賀屋整体療術院
福祉
- 有料老人ホームメゾン東長町
商業
- 写真館ハセガワ
- さいとう金物店
- 加納はきもの店