蔵主町
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歴史
- 正保3年 - 町屋とある(津軽弘前城之絵図)。
- 慶安2年 - 当地の中央を東西に流れる二階堰を境に、南部は「くろうず町」、北部は「くろうず町下町御小人町」と分けられる。「くろうず町」は23軒に屋敷割りされ、小売商や、屋号のある商家。「くろうず町下町御小人町」は少禄の武家屋敷町で20軒の屋敷(弘前古御絵図)
- 寛文13年 - 町屋は無くなり、町名は侍町となる(弘前中惣屋敷絵図)。
- 延宝5年 - 二階堰の南が上蔵主町、北は下蔵主町となる。また、史料によっては蔵人町(くろうず町)と表記される(弘前惣御絵図)。
- 元禄9~10年・宝永2~4年 - 武家屋敷の郭外移転により、上・中級藩士の屋敷街に変わる。
- 享和3年 - 武家屋敷18(御家中町割)。
- 明治初年 - 蔵主丁と呼ばれ、「黒主」とも書かれた。町域は「長三丁四十六間二尺、巾三間」とあり、戸数16(国誌)。
- 1871年(明治4年) - 当地に菊池九郎が一時期滞在。
- 1875年(明治8年) - 菊池九郎宅を集会所として弘前基督教会を設立。
- 1901年(明治34年) - 当地に第一高等女学校開校。
- 1960年(昭和35年) - 当地にあった弘前実業高校跡地に弘前合同庁舎が建設される。
沿革
- 江戸期 - 弘前城下の一町。
- 明治初年~明治22年 - 弘前を冠称。
- 1889年(明治22年) - 弘前市に所属。