相良町 (弘前市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
当地の大部分を弘前大学医学部附属病院が占め、町域の北部は本町、東部は桶屋町、南部は南塘町、西部は在府町に接する。
歴史
- 寛文13年 - 弘前中惣屋敷図によれば侍丁とされ、37軒の武家屋敷がある。
- 元禄13年 - 弘前侍町屋敷割りでは、相良町と町名が見え、34軒の武家屋敷がある。
- 文化4年 - 御家中町割では38軒の武家屋敷がある。
沿革
- 江戸期 - 弘前城下の一町。
- 明治初年〜明治22年 - 弘前を冠称。
- 1899年(明治22年) - 弘前市に所属。
- 1947年(昭和22年) - 青森市から青森医療専門学校(のちの弘前大学医学部)が当地に移転し、弘前市立病院を附属病院とし、以降、弘前大学医学部附属病院として拡張を重ねる。その結果、かつての町並みは消滅して、現在の附属病院の西側と東側に、わずかに残る形となった。
相良清兵衛
相良清兵衛は、人吉藩人吉城主相良氏の家老で、八千石を得て権勢を振るうが、島原の乱において出兵を拒否。その後弘前藩に身柄を拘束される。
地名の由来
かつて町内にあった相良清兵衛の屋敷に由来する。
施設
医療
- 北都クリニック
公共
- 弘前本町郵便局