銅屋町
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催事
歴史
- 慶安2年 - 現在の銅屋町域は田地で、現在の本町の南端が銅屋町とあり、16軒の銅屋(弘前古城御絵図)。
- 寛文13年 - 当地は新銅屋町とあり、不完全ながら屋敷割りがされ、17軒の屋敷(うち空家2)がある(弘前中惣屋敷絵図)。また、当地にある大円寺(最勝院)までの道路は、まだ無い。
- 享保3年 - 東銅屋町とある(弘前町役覚)。
- 享保4年 - 現在の本町町域の部分は本銅屋町とあって、鋳物師・釜屋等が居住し、現在の銅屋町域はトウヤ町として銅屋17軒と檜物屋が1軒ある(町屋数円)。また、新寺町・紙漉町から大円寺までの道路ができている。
- 宝暦6年 - 町屋が18(鍛冶町支配町屋鋪改大帳)。
- 天保8年頃 - 大円寺前の屋敷も含め65軒(弘前絵図)。