茂森町
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
- 慶安2年 - 屋敷割りが72軒され、煙草屋48・大工5、居鯖4のほかに、屋号を持つ商家も見られる(弘前古御絵図)。
- 延宝6年 - 重森町と見え、町屋が大部分で75軒。座頭・武士の居住が認められる(弘前町方屋敷割)。
- 延宝7年 - 町内の4組が、町役の中役、もう1組が下役で、年間約4.500人の人足を負担。
- 元禄4年 - 町内の芝居小屋で酒田出身の小太夫による芝居が始まる(津軽歴代記類)。
- 元禄11年 - 土取り場とある(弘前惣御絵図)。また、北から順に茂森町・中茂森町・奥茂森町と、区分されている(弘前惣御絵図)。
- 正徳年間 - 城下の4か所の小札場(制札場)の1町に指定されている(弘前町方屋敷割裏書記録)。
- 享保7年 - 芝居小屋の夜の興行が始まる(弘前市史)。ちなみにこの芝居小屋は、のちに"茂森座"と呼ばれるようになり、1940年(昭和15年)まで存続。
- 天保8年 - 絵図によれば、町屋129軒・芝居小屋1軒。
- 明治初年 - 戸数301で、町の状況は「芝居座・造酒・料理・茶屋・荒物・狛物雑居」と見える(国誌)。
- 現在 - 店舗の改装・改築等で様相は変わったが、禅林街門前・商家街というスタイルは江戸期と変わらない。
沿革
地名の由来
現在の森町付近にあったとされる茂森山に由来。当時弘前城を見下ろすほどの高さだったため、元和元年に削られ、無くなる。