河北省 (中華民国)
From Wikipedia, the free encyclopedia
1928年(民国17年)6月28日、直隷省及び京兆地方を統合し河北省が設置された。北は遼寧省、熱河省、察哈爾省と、南は河南省、山東省、西は山西省とそれぞれ接し、東は渤海湾に面していた。
同年9月17日、宣化、赤城、万全、竜関、懐安、蔚県、延慶、涿鹿の各県が察哈爾省に移管[1]され、現在の河北省の大部分、北京市及び天津市の市中心部を除く大部分、河南省、山東省の一部を含む140,235平方キロメートルの行政管轄区域とされた。1936年(民国25年)2月、河北省及び河南省の行政区画整理要請に基づき河北省の長垣、濮陽、東明の3県が河北省から河南省に、武安及び渉県の2県が河南省から河北省に移管されることが決定[2]したが、こちらは実行されなかった。
行政区沿革
1928年(民国17年)6月28日、直隷省及び京兆地方を統合し河北省が設置された。省名は唐代に河北道が設置されたことによる。7月4日に省政府が天津市に設置された。
省会
1928年(民国17年)の省設置当初は天津市に省会が設置されたが、同年10月12日北平市に移転している。1930年(民国19年)10月、張学良により南京政府に対し省会を天津市に移転する上奏が行われ、10月15日に移転が完了している。1935年(民国25年)5月、日本軍の侵攻により冀東防共自治政府が成立すると、6月1日、省会は清苑県に移転した。1937年(民国26年)7月7日、盧溝橋事件により日中戦争が勃発すると清苑県は日本軍に占拠され、中華民国臨時政府(後の華北政務委員会)の管轄とされた。
その後中華民国河北省政府は亡命政府となったが、1945年9月20日に陝西省西安市で河北省政府が再編成され、11月には北平市(1946年7月14日から1947年11月10日までは清苑県に移転)に復帰している。
歴代省長
| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 |
|---|---|---|---|
| 1 | 張錫鑾 | 1912年3月 | - |
| 2 | 馮国璋 | 1912年9月 | - |
| 3 | 趙秉鈞 | 1913年12月 | - |
| 4 | 朱家宝 | 1914年2月 | - |
| 5 | 曹錕 | 1916年9月 | - |
| 6 | 王承斌 | 1923年10月 | - |
| 7 | 盧永祥 | 1924年12月 | - |
| 8 | 李景林 | 1924年12月 | - |
| 9 | 孫岳 | 1925年12月 | - |
| 10 | 褚玉璞 | 1926年3月 | - |
| 11 | 商震 | 1928年6月 | - |
| 12 | 徐永昌 | 1929年8月 | - |
| 13 | 王樹常 | 1930年9月 | - |
| 14 | 于学忠 | 1932年8月 | - |
| 15 | 張厚琬 | 1935年6月 | - |
| 16 | 商震 | 1935年6月 | - |
| 17 | 宋哲元 | 1935年12月 | - |
| 18 | 馮治安 | 1936年11月 | - |
| 19 | 鹿鍾麟 | 1938年6月 | - |
| 20 | 龐炳勲 | 1940年2月 | - |
| 21 | 馬法五 | 1943年6月 | - |
| 22 | 孫連仲 | 1945年9月 | - |
| 23 | 楚渓春 | 1947年12月 | - |
