片山皓心
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プロ入り前
勝田スポーツ少年団にて野球を始める[2]。中学時代は軟式野球部で野球をしていた[3]。
茨城県立日立第一高等学校では控え投手であった[4]。甲子園出場経験はなし[3]。この時の最速は133km/hにとどまっていた[2]。
桐蔭横浜大学では4年時にようやくエースの座に君臨。4年秋のリーグ戦では6勝1敗、防御率1.39という成績を残して、優勝に貢献[5]。秋の横浜市長杯では3試合連続完投をし、優勝に貢献した[4][6]。同期に渡部健人がいる[5]。
Hondaでは1年目に春の新人大会となる東京スポニチ大会で、2試合をいずれも完投して防御率1.00を記録し、新人賞を受賞した[5]。Hondaでは主に木村龍治コーチから指導を受けていた[7]。1年目から日本選手権優秀賞を受賞するなど左のエースとして活躍したが、2021年12月と2023年5月に左肘を二度手術したため[2]、ドラフトでの指名は見送られ続けてきた。4年目となる2024年より実戦復帰を果たした[4]。
2025年のドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズからドラフト4位指名を受けた[4][8]。この年のドラフトで、支配下選手で指名された選手では最年長(27歳、大卒5年)であった[9]。11月27日に入団交渉に臨み、契約金5500万円、年俸1000万円で入団に合意した(金額はいずれも推定)[1]。背番号は47[10]。
選手としての特徴
人物
名前の「皓心(ひろみ)」は「公明正大な心を持った人になってほしい」という両親の願いを込められ命名された[1]。
詳細情報
背番号
- 47(2026年[10] - )