福元美穂

From Wikipedia, the free encyclopedia

愛称 ミホ、ふくちゃん
カタカナ フクモト ミホ
ラテン文字 FUKUMOTO Miho
国籍 日本の旗 日本
福元 美穂
名前
愛称 ミホ、ふくちゃん
カタカナ フクモト ミホ
ラテン文字 FUKUMOTO Miho
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-10-02) 1983年10月2日(42歳)
出身地 鹿児島県揖宿郡山川町(現・指宿市
身長 165cm[1]
体重 64kg[1]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 岡山湯郷Belle
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
ユース
大成ツマベニレディース
山川中学校
1999-2001 神村学園高等部
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2016 日本の旗 岡山湯郷Belle 259 (0)
2016-2018 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 7 (0)
2019-2020 日本の旗 ちふれASエルフェン埼玉 13 (0)
2021-2025 日本の旗 サンフレッチェ広島レジーナ 10 (0)
2025- 日本の旗 岡山湯郷Belle 1 (0)
通算 290 (0)
代表歴2
2002  日本U-19 4 (0)
2002-2016  日本 81 (0)
獲得メダル
女子サッカー
女子W杯
2011 ドイツ
2015 カナダ
オリンピック
2012 ロンドン女子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年10月12日現在。
2. 2016年3月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

福元 美穂(ふくもと みほ、1983年10月2日 - )は、鹿児島県揖宿郡山川町(現・指宿市)出身[2]女子サッカー選手。岡山湯郷Belle所属。元サッカー日本女子代表神村学園高等部普通科体育コース出身。ポジションはゴールキーパー

ユース

大成ツマベニレディース〜山川町立山川中学校(現・指宿市立山川中学校)〜神村学園高等部では正ゴールキーパーとして全国大会等の出場に貢献した。

シニア

2002年に当時、地域リーグ所属の岡山湯郷Belleに入団。2003年日本女子サッカーリーグ(L・リーグ:現・なでしこリーグ)への昇格に携わった。

2016年4月3日ベガルタ仙台レディース戦で、なでしこリーグ通算250試合出場を達成した[3]。同年8月10日に15年在籍した岡山湯郷を退団[4][5](退団までの経緯はこちらを参照)、2日後の8月12日INAC神戸レオネッサへの加入が発表された[6]

2019年シーズン、ちふれASエルフェン埼玉への加入が発表された[7]

2021年WEリーグ参入クラブとして新設されたサンフレッチェ広島レジーナへ完全移籍[8][9]

2025年5月12日、岡山湯郷Belleへの9年ぶりの復帰を発表した[10][11]

代表

日本女子代表には2002年のU-19 FIFA女子選手権カナダ)のメンバーに招集されるとともに、フル代表(→なでしこジャパン)でも同年に行われた第14回アジア競技大会大韓民国釜山)のメンバーに招集され、ベトナム戦(10月4日)で初出場を果たす。

2003年にはワールドカップ予選大陸間プレーオフではメンバーとして招集。第4回FIFA女子ワールドカップアメリカ合衆国)及び翌2004年アテネオリンピックではバックアップメンバーとして同行した。

アテネ五輪後に代表監督に大橋浩司が就任して後は出場機会が増え、2005年は9試合中5試合に出場。2006年には5月に行われたアメリカ女子代表との親善試合(大阪府大阪市)で抜擢されると、7月にオーストラリアで開催された2006 AFC女子アジアカップ(兼2007 FIFA女子ワールドカップアジア地区予選)でレギュラーを獲得。12月に行われた第15回アジア競技大会カタールドーハ)では決勝・北朝鮮戦でPK戦までもつれ込み、銀メダル獲得に貢献した。

優勝した2011年のドイツ・ワールドカップでは海堀あゆみにレギュラーを奪われベンチを温めるも、2012年ロンドンオリンピックではレギュラーに返り咲き、日本代表初のメダル獲得に貢献した。

2016年リオデジャネイロオリンピックのサッカー女子アジア最終予選の日本代表メンバーに選出されたが、チームは予選3位となり五輪出場権を逃した[12][13]

個人成績

タイトル・表彰

クラブ

代表

個人

  • なでしこリーグ ベストイレブン:3回 (20062012、2014)

表彰

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI