コープランドの分類体系

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エドウィン・ビンガム・コープランド

コープランドの分類体系(コープランドのぶんるいたいけい)は、シダ植物学者であるエドウィン・ビンガム・コープランド1947年に出版した著書 Genara Filicum(直訳: 『シダの属』)で記述されたシダ類の分類体系である[1][2]。20世紀後半に出版された日本の図鑑の多くは、これに基づく科分類を採用していた[3][注釈 1]。現在では、分子系統解析に基づく分類体系に取って代わられている[3]

エドウィン・ビンガム・コープランドは、「有効な」分類階級というものは「自然分類であること」と「有用であること」の両方を反映したものであると提案した最初の分類学者の一人であるとされる[2]。コープランドは、共通祖先に由来するすべての種を一つの科に含める(すなわち、単系統群に基づく)系統的な体系を作成することを試みた[5]

Copeland (1947) では、シダ綱 Filicinaeハナヤスリ目リュウビンタイ目シダ目の3に分け、うちシダ目に19を置いた[6]。デンジソウ科とサンショウモ科を含む水生シダ類 Hydropterides は、その特異的な形質からそれぞれデンジソウ目 Marsilealesサンショウモ目 Salviniales に置くことがあるとしながらも、その他のシダ目の系統の下にあるため独立した目に入れるのを嫌い、シダ目に入れるとした[7]トクサ類マツバラン類は扱わなかった[8]

植物分類学のおこり

リンネによるシダ類のすべての属
シダ類 Filices

シダ類の分類は、植物命名法の基礎であるカール・フォン・リンネの『植物の種 (Species Plantarum)』(1753年)に始まった[9][10]。リンネは植物をに基づき24に分けたが、花をつけないシダ類 Filices はそのうちの第24綱、隠花植物綱 Cryptogamiaコケキノコ海藻などと共に含められていた[11][12]。リンネは胞子嚢群の形とその位置により、シダ類を右の16属に分け[注釈 2]、その中に全174種を含めていた[13]。リンネの分類は人為分類で、明らかに離れたを結び付けていた[13]。ただし、当時はシダの生活環についてはほとんど理解されていなかった[13]

なお、ヒカゲノカズラ属 Lycopodiumコケ類 Musci として分類されていたが、トクサ属 Equisetum およびミズニラ属 Isoëtes はシダ植物に含められていた[14]

胞子嚢群に基づく分類体系

ジェームズ・エドワード・スミス1793年)は、包膜の特徴を用いて20属を認識した[13]。その後、スミス、ロートベルンハルディカヴァニレスシュヴァルツなどにより多くのが記載された[9]

シュヴァルツはスミスの分類を発展させ、胞子嚢群包膜の形質により、1801年には30属670種を扱った[13]。さらに Synopsis Filicum(1806年)では38属720種が掲載された[9][13]。この分類体系では、属の区分が人為的であることは認識されていたものの、ほかに利用できる形質に乏しく、30年近く採用された[13]。また、カール・ルートヴィヒ・ヴィルデノウはリンネの『植物の種』を改訂し、Linnaei species plantarum として出版したが、これらの著作により、シダ類の全種を1冊の書物に収め得た時代は終わった[9]

1827年に、エティエンヌ・エミール・デヴォー英語版は胞子嚢群の形質をより詳細に研究し、デンジソウ科 Marsilées、ヒカゲノカズラ科 Lycopodiées、ゼンマイ科 Osmondées、リュウビンタイ科 Marattiées、シダ科 Filicées(いずれもフランス語)の5科79属1666種に分けた[13]。多くの種を機械的にシュヴァルツの分類体系に従って配列したため、形態的に大きく異なり明らかに近縁でない種も同一属となってしまう問題が生じ、批判を受けた[13]

プレスルの分類体系

カレル・ボジヴォイ・プレスル (1794–1852)

シュヴァルツの分類体系はリンネと同様、主に胞子嚢群の形態に基づいていた[9]。より上位の階級、すなわちの分類は胞子嚢の形質により識別された[9]。しかし属数が増加するにつれ、必然的に、脈理をはじめとする、栄養器官の形質も利用されるようになった[9][13]

カレル・ボジヴォイ・プレスルは新しい原理として栄養器官形質を分類に採用し、大著 Tentamen Pteridographiae(1836年)でまとめた[9]。ここでは、いくつかの科を除外しつつ、112属が記載・分類された[9]。プレスルはその後の著作、Hymenophyllaceae(1843年)および Supplementum Tentaminis Pteridographiae(1845年)で、さらにそれぞれ19属、34属を加え、合計165属に分類した[9]。1851年までに176属を認識した[13]

プレスルの同時代人であったジョン・スミスも、1841年に分類体系を構築した[13]。スミスは多くの属を記載し[9]、属の区分は異なっていたものの、本質的には同様の形質を用いて138属を区別した[13]

プレスルやスミスらは、属を定義する際に胞子嚢群および包膜の形質のみに依存せず、あらゆる部分から重要な属形質を得た点で、近代シダ学の確立者と評価されている[13]。しかし、これらの体系はのちのフッカーにより批判されることとなる[13]

フッカーによる属の統合

ウィリアム・ジャクソン・フッカー (1785–1865)

コープランドの著作 Genera Filicum という書名の書物は、コープランド以前にも出版されていた[9]。1838年に刊行が開始され、1842年に完成したウィリアム・ジャクソン・フッカーによる Genera Filicum —Illustrations of the Genera of Ferns である[9]。これはシダのすべての属を網羅的に提示しようとした最初の書物であった[9]。図版は植物画家のフランツ・バウアーによって描かれた[9]。フッカーははじめ、プレスルの分類体系を受け入れ[13]、ここでは162属が認められた[9][9]

しかし、フッカーはその後、1844年から1864年にかけて刊行された Species Filicum、1867年の Synopsis Filicum をまとめ上げ、シダ類にデンジソウ科サンショウモ科を除く75属のみが認められた[9]。最終的に、古典的な胞子嚢群の形質に基づき63属のみを認めた[13]。ただし、ほかの形質の価値も認識しており、プレスルやジョン・スミスが用いた属は亜属として扱った[13]

フッカーは、シュヴァルツの人為的な分類体系と、より自然な体系の間で折衷的合意を目指したのだと、Christenhusz & Chase (2014) は考察している[13]。属分類では、生殖器官形質が栄養器官形質より重要と主張した[13]。この考えは被子植物ではうまく機能したが、シダでは主要科の概念的安定性が欠如しており、統一的体系には至らなかった[13]

しかし、フッカーはキュー王立植物園の園長として権威を持っていたため、胞子嚢群を重視した分類体系は再び主流となり、その後50年間最も広く使用された[2]

フッカーの影響が強い時代であった中、アントワーヌ・ローラン・アポリネール・フェ英語版は、プレスル以上に広範な形質、すなわち葉脈、胞子、環帯細胞数などの形質を検討し、約188属を認識した[2]。フェは一連の大著 Mémoires sur la famille des fougères(1844–1873)を出版し、その中で Genera Filicum(1850–1852年ごろ)を著した[15][2]ウラボシ科 Polypodiaceae の中に181属を認め、ヘゴ属 Cyathea や ディクソニア属 Dicksonia とその近縁群も含めていた[15]。フェの体系はフランスでは支持を得たものの、より影響力の強かったフッカーの分類体系により日の目を見なかった[2]

1875年にはジョン・スミスが Historia Filicum をまとめ、212属を認めた[9][2]。やはりデンジソウ科とサンショウモ科はシダ類に含めなかった[15]

スミスやフェに加え、グスタフ・クンツェ英語版らが活動していたこの時代は、ダーウィンの『種の起源』(1859年)刊行直前に当たる[15]。コープランドは、この時代をシダ学はおそらく植物学の中で最も進んだ分野であったとしている[15]。この時代は「類縁(affinity)」という概念が一般的に用いられており、哲学的基礎こそ欠いていたものの、現在の意味とほぼ同じ内容を持っていたように思われる[15]

フッカーは種レベルの研究で大きな功績を挙げ、強い学問的権威を持っていたが、属の扱いについては保守的であった[15]。コープランドはフッカーについて、その影響が長く続いたことで、「シダ分類学の革新は停滞し、約40年ものあいだ植物学の中で相対的に遅れた分野となってしまった。」と批判的に論じている[15]

『種の起源』以降の体系

ダーウィンの進化論では、生物は不変ではなく、地球史の中で進化してきた結果が表れているものであることが示された[16]。生物の類似性は、その程度によって、それぞれの生物間の類縁関係、すなわち系統関係を示すものであると考えられるようになった[16]。これにより、類縁に基づいて生物を分類する系統分類学が生まれた[16]

ヘルマン・クリスト英語版は1893年に Farnkräuter der Erde を著し、シダ植物の分類体系を構築した[2]。13科99属を認め、薄囊シダ類と真囊シダ類に大別した[2]。また、クリストはそれ以前の分類学的研究の評価を行った[2]。クリストは、1856年のメッテニウスの研究を「自然体系学の創始的研究」として引用し、胞子嚢群に基づく分類からシ植物全体の解剖学に基づく分類への転換を彼に帰しているが、これは誤りで、プレスルやフェのほうが先んじて用いていた[2]

エングラープラントル英語版による Die natürlichen Pflanzenfamilien の中で、ルートヴィヒ・ディールスはシダ植物の巻を著し、クリストの分類体系を発展させた[15][2][17]。メッテニウスがフッカーの立場に近かったためか、ディールスの内容はスミスやフェの到達点には及ばなかったが、その基本原理は時代にふさわしいものであった[15]。そこでは141属が認められた[15]

1889年にイギリスのバウワーは解剖学・発生学・形態学に関する精緻な研究に基づいた植物体系を構築した[2]The ferns(1923–1928)では12科を認識し、ウラボシ科中に6系統を認めた[2]。ただし、この体系は葉身上における胞子嚢群の位置を過度に重視していたため、問題を抱えていた[2]

コープランドは1929年に、東アジアの属を系統的配列に整理しようと試み、より広い概念のウラボシ科を用いたほうが自然であると提案した[2]

カール・クリステンセン英語版 は1906年に Index Filicum を著し、命名規約に従った学名の変更を加えたうえで、エングラーとプラントルの体系を採用した[2][15]。その後補遺を重ね、1934年までに213属を認めた[2]。クリステンセンは単なる書誌学者から、属そのものを研究する真の分類学者となり、最終的に Verdoorn 編の Manual of Pteridology 中で、247属を認めた[2]。20世紀前半までの分類体系、例えばクリステンセン(1938年)の体系では、ウラボシ科1科にまとめており、科が大きすぎて実用性に欠いていた[3]

1940年の秦仁昌の分類体系では、クリステンセンによるウラボシ科を33科に分割し[15][2]、それらを7つの系統にまとめた[2]。そこでは257属が認められており、コープランドの分類体系(1947年)との差は28属のみであり、属概念がほぼ一致していた[15][2]

科までの分類

大葉シダ植物の各群[注釈 3]。ただし、コープランドはトクサ類やマツバラン類はシダ類に含めなかった。

コープランドの分類では、シダ綱に3目21科が認められた[6]。それまでの分類体系(クリステンセンの分類体系など[3])では巨大であったウラボシ科の中にいくつかの自然な科を認識し、科を細分化した[5]。その多くが単一のみからなる305を認めた[2]ホラゴケ属 Trichomanes を細分化した一方、チャセンシダ属 Asplenium を広義に扱った[2]

以下に、ごとに分けて、までの分類を示す。学名著者などは、Copeland (1947) に掲載されているものをそのまま示す[注釈 4]。また、後世に変更があった場合には、学名のあとに【隅付き括弧】で、現在用いられているPPG I分類体系 (2016) における扱いを示す。

ハナヤスリ目

リュウビンタイ目

リュウビンタイ属のタイプ種、アンギオプテリス・エウェクタ Angiopteris evecta
リュウビンタイ目 Marattiales

シダ目

シダ目[36][37] Filicales

ゼンマイ科

ゼンマイ属のタイプ種、レガリスゼンマイ Osmunda regalis

フサシダ科

カニクサ属のタイプ種、Lygodium scandens

ウラジロ科

グレイケニア属のタイプ種、Gleichenia polypodioides

ロクソマ科

ロクソマ属のタイプ種、ロクソマ・クンニングハミイ Loxsoma cunninghamii

コケシノブ科

コケシノブ属のタイプ種、Hymenophyllum tunbrigense
ホラゴケ属のタイプ種、Trichomanes crispum

イノモトソウ科

ディクソニア属のタイプ種、Dicksonia arborescens
ワラビ属のタイプ種、ワラビ Pteridium aquilinum
ヘミオニティス属のタイプ種、Hemionitis palmata
ホウライシダ属のタイプ種、ホウライシダ Adiantum capillus-veneris

ミズワラビ科

ヒメノフィロプシス科

シノブ科

シノブ属のタイプ種、Davallia canariensis

キジノオシダ科

ヘゴ科

ヘゴ属 Cyathea のタイプ種、Cyathea arborea

オシダ科

コウヤワラビ属のタイプ種、コウヤワラビ Onoclea sensibilis
イノデ属のタイプ種、Polystichum aculeatum
メシダ属のタイプ種、セイヨウメシダ Athyrium filix-femina

シシガシラ科

ヒリュウシダ属のタイプ種、アメリカシシガシラ Blechnum occidentale[注釈 54]

チャセンシダ科

チャセンシダ属のタイプ種、チャセンシダ Asplenium trichomanes

マトニア科

ウラボシ科

ヤブレガサウラボシ属のタイプ種、ヤブレガサウラボシ Dipteris conjugata
エゾデンダ属のタイプ種、オオエゾデンダ Polypodium vulgare
ヒトツバ属のタイプ種、ヒトツバ Pyrrosia lingua (=Pyrrosia chinensis)。
ハカマウラボシ属のタイプ種、Drynaria quercifolia
テリハノクリハラン属のタイプ種、Selliguea feei

シシラン科

シシラン属 Vittaria のタイプ種、Vittaria lineata

デンジソウ科

デンジソウ属のタイプ種、デンジソウ Marsilea quadrifolia

サンショウモ科

サンショウモ属のタイプ種、サンショウモ Salvinia natans

ほかの分類体系との対応

コープランドの分類体系以降の、科分類の変遷は以下のようになっている[490][注釈 81]

大葉シダ植物の科の範囲の変遷[490][注釈 82]
系統
PPG I
Copeland (1947) Pichi-Sermolli (1977) Kramer et al. (1990) 岩槻 (1992) Smith et al. (2006) Christenhusz et al. (2011) Christenhusz & Chase (2014) PPG I (2016)
トクサ目 - トクサ科 トクサ科 トクサ科 トクサ科 トクサ科 トクサ科 トクサ科
マツバラン目 - マツバラン科 マツバラン科 マツバラン科 マツバラン科 マツバラン科 マツバラン科 マツバラン科
イヌナンカクラン科 イヌナンカクラン科
ハナヤスリ目 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科 ハナヤスリ科
ハナワラビ科
ミヤコジマハナワラビ科
リュウビンタイ目 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科 リュウビンタイ科
マラッティア科
ダナエア科
クリステンセニア科
ゼンマイ目 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科 ゼンマイ科
コケシノブ目 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科 コケシノブ科
ウラジロ目 マトニア科 マトニア科 マトニア科 マトニア科 マトニア科 マトニア科 マトニア科 マトニア科
ウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科 ヤブレガサウラボシ科
スジヒトツバ科 スジヒトツバ科 スジヒトツバ科
ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科 ウラジロ科
ストロマトプテリス科 ストロマトプテリス科
フサシダ目 フサシダ科 カニクサ科 フサシダ科 フサシダ科 カニクサ科 カニクサ科 フサシダ科 カニクサ科
フサシダ科 フサシダ科 フサシダ科 フサシダ科
アネミア科 アネミア科 アネミア科 アネミア科
サンショウモ目 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科 サンショウモ科
アカウキクサ科 アカウキクサ科 アカウキクサ科
デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科 デンジソウ科
ヘゴ目 キジノオシダ科 キジノオシダ科 キジノオシダ科 キジノオシダ科 キジノオシダ科 キジノオシダ科 ヘゴ科 キジノオシダ科
ロクソマ科 ロクソマ科 ロクソマ科 ロクソマ科 ロクソマ科 ロクソマ科 ロクソマ科
ヒメノフィロプシス科 ヒメノフィロプシス科 ヒメノフィロプシス科 ヒメノフィロプシス科 ヘゴ科 ヘゴ科 ヘゴ科
ヘゴ科 ヘゴ科 ヘゴ科 ヘゴ科
メタキシア科 メタキシア科 メタキシア科 メタキシア科 メタキシア科 メタキシア科
イノモトソウ科 ティルソプテリス科 タカワラビ科
Dicksoniaceae
タカワラビ科
Dicksoniaceae
ティルソプテリス科 ティルソプテリス科 ティルソプテリス科
クルキタ科 クルキタ科 クルキタ科 クルキタ科
ロフォソリア科 ロフォソリア科 ロフォソリア科 ディクソニア科
Dicksoniaceae
ディクソニア科
Dicksoniaceae
ディクソニア科
Dicksoniaceae
タカワラビ科
Dicksoniaceae
タカワラビ科
Dicksoniaceae
タカワラビ科
Dicksoniaceae
タカワラビ科
Cibotiaceae
タカワラビ科
Cibotiaceae
タカワラビ科
Cibotiaceae
ホングウシダ亜目 ホングウシダ科 キストディウム科 キストディウム科 キストディウム科
イワヒメワラビ科 コバノイシカグマ科 ホングウシダ科 ロンキティス科 ロンキティス科 ロンキティス科
ホングウシダ科 ホングウシダ科 ホングウシダ科 ホングウシダ科
サッコロマ亜目
コバノイシカグマ科
コバノイシカグマ科 サッコロマ科 サッコロマ科 サッコロマ科 サッコロマ科
コバノイシカグマ亜目 コバノイシカグマ科 コバノイシカグマ科 コバノイシカグマ科 コバノイシカグマ科
イワヒメワラビ科
フジシダ科 フジシダ科
イノモトソウ亜目 イノモトソウ科 イノモトソウ科 イノモトソウ科 イノモトソウ科 イノモトソウ科 イノモトソウ科 イノモトソウ科
ネグリプテリス科
シノプテリス科 ホウライシダ科
Parkeriaceae
アクチニオプテリス科
ヘミオニティス科
タエニティス科
リシリシノブ科
ホウライシダ科
Adiantaceae
ミズワラビ科
Parkeriaceae
ミズワラビ科
ウラジロ科 プラティゾマ科 ウラジロ科
シシラン科 シシラン科 シシラン科 シシラン科
チャセンシダ亜目
(真正ウラボシ類II)
チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科 チャセンシダ科
シシガシラ科 シシガシラ科 シシガシラ科 シシガシラ科 シシガシラ科 シシガシラ科 シシガシラ科
オシダ科
Aspidiaceae
ヒメシダ科 ヒメシダ科 ヒメシダ科 ヒメシダ科 ヒメシダ科 ヒメシダ科
コウヤワラビ科 オシダ科
Dryopteridaceae
イワデンダ科 コウヤワラビ科 コウヤワラビ科 コウヤワラビ科
イワデンダ科 イワデンダ科 イワデンダ科 イワデンダ科
メシダ科 ナヨシダ科 ナヨシダ科
ヌリワラビ科 ヌリワラビ科
イワヤシダ科 イワヤシダ科
ヘミディクティウム科
メシダ科 デスモフレビウム科
メシダ科
ウラボシ亜目
(真正ウラボシ類I)
オシダ科
Dryopteridaceae
キンモウワラビ科 ウラボシ科 ディディモクラエナ科
キンモウワラビ科
アツイタ科 ツルキジノオ科 オシダ科
Dryopteridaceae
オシダ科
Dryopteridaceae
オシダ科
Aspidiaceae
オシダ科
Dryopteridaceae
ナナバケシダ科 ナナバケシダ科 ナナバケシダ科
ツルキジノオ科 ツルキジノオ科 ツルキジノオ科 ツルキジノオ科 ツルキジノオ科 ツルキジノオ科
シノブ科 タマシダ科 タマシダ科 ツルシダ科 ツルシダ科 ツルシダ科 タマシダ科
ツルシダ科 ツルシダ科 ツルシダ科
シノブ科 シノブ科 シノブ科 シノブ科 シノブ科 シノブ科
ウラボシ科 ウラボシ科 ウラボシ科 ウラボシ科 ウラボシ科 ウラボシ科 ウラボシ科
サジラン科
ヒメウラボシ科 ヒメウラボシ科 ヒメウラボシ科

脚注

参考文献

関連項目

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