テイエムドラゴン
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| テイエムドラゴン | ||||||||||||
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第130回中山大障害出走時 (2007年12月22日) | ||||||||||||
| 欧字表記 | T M Dragon[1] | |||||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||||||||
| 性別 | 牡[1] | |||||||||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||||||||
| 生誕 | 2002年4月10日(24歳)[1] | |||||||||||
| 抹消日 | 2007年12月26日[2] | |||||||||||
| 父 | アドマイヤベガ[1] | |||||||||||
| 母 | ヤエシラオキ[1] | |||||||||||
| 母の父 | マルゼンスキー[1] | |||||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | 鎌田正嗣[1] | |||||||||||
| 馬主 | 竹園正繼[1] | |||||||||||
| 調教師 | 小島貞博(栗東)[1] | |||||||||||
| 競走成績 | ||||||||||||
| タイトル | JRA賞最優秀障害馬(2005年) | |||||||||||
| 生涯成績 | 17戦5勝[1] | |||||||||||
| 獲得賞金 | 2億9017万5000円[1] | |||||||||||
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テイエムドラゴン(欧字名:T M Dragon、2002年4月10日 - )は、日本の競走馬[1]。
2005年の中山大障害(J・GI)、2005年と2007年の京都ハイジャンプ(J・GII)、2006年の阪神スプリングジャンプ(J・GII)優勝馬。2005年度のJRA賞最優秀障害馬に選出された。
- 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[3]
2004年11月14日、京都競馬場での2歳新馬戦でデビューし、5着。7戦目の未勝利戦で3着に入ったのが最高成績で、9戦未勝利のまま障害競走に転じる。2005年10月30日の障害未勝利戦でトータルの初勝利を挙げると、続く京都ハイジャンプでは直線で先頭に立ってそのまま押し切り、2着アズマビヨンドに4馬身差をつけて重賞初制覇を果たす[4]。12月の中山大障害では中団に構える競馬からバンケットの下り上りで一気に先頭に取りつき、最後は2着メルシーエイタイムを9馬身も引き離して障害戦3戦3勝でJ・GI制覇を達成[5][6]。鞍上の白浜雄造はG1競走初制覇とともに中山競馬場での障害重賞初制覇[5]、管理の小島貞博は管理馬の初のG1競走制覇と同時に騎手・調教師でダブルの中山大障害制覇となった[5][6]。また、父アドマイヤベガはこれが産駒のG1競走初制覇[5]。3歳馬の中山大障害制覇は1968年秋のタジマオーザ以来のことで、同じ2002年生まれのディープインパクト、カネヒキリと並んで障害に一時代を築く予測も立てられた[6]。2005年度のJRA賞各賞選考では、最優秀障害馬に選ばれた[7][8]。
4歳初戦の春麗ジャンプステークスでは鼻出血もあって4着に終わったが[9]、その次の阪神スプリングジャンプでは粘るアズマビヨンドを退けて重賞3勝目を挙げた[10]。中山グランドジャンプでは前年覇者のカラジにクビ差の2着に終わり[11]、レース後に右第1指骨剥離骨折を発症していたことが判明[12]。1年以上の長期休養ののち、2007年の京都ハイジャンプで戦列に復帰。レースでは途中から先頭に立ってそのまま押し切り勝利[13]。1年7か月ぶりの出走での重賞制覇はスズパレードの記録を約4か月更新、また馬体重46キロ増での勝利はマンハッタンカフェの富良野特別勝ち時とタイ記録となった[14]。中山大障害に出走も2年前に下したメルシーエイタイムの4着に終わり[15]、レース後に再び屈腱炎を発症していたことが判明したため、12月26日付で競走馬登録を抹消された[2][16]。
引退後は乗馬となり、京北育成牧場(高宮ライディングパーク)、2011年ごろには神戸乗馬クラブなどで繋養された[2][16]。