京口紘人

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本名 京口 紘人
通称 Mad Boy
身長 162cm [1]
京口 紘人
基本情報
本名 京口 紘人
通称 Mad Boy
階級 フライ級
身長 162cm [1]
リーチ 162cm[1]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1993-11-27) 1993年11月27日(32歳)
出身地 大阪府和泉市
スタイルボクサーファイター [2]
プロボクシング戦績
総試合数 22
勝ち 19
KO勝ち 12
敗け 3
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京口 紘人
YouTube
チャンネル
活動期間 2019年11月1日 -
ジャンル スポーツエンターテイメント
登録者数 約22.7万人
総再生回数 約1.49億回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年4月22日時点。
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京口 紘人(きょうぐち ひろと、1993年11月27日 - )は、日本の元プロボクサーYoutuberワタナベボクシングジム所属[3]。元IBF世界ミニマム級王者。元WBA世界ライトフライ級スーパー王者世界2階級制覇王者

大阪観光大使。いずみの国和泉市PR大使[4]。入場曲はサラ・ブライトマンの「Time to say good bye」。大阪商業大学時代の後輩に第49代日本スーパーバンタム級王者の池側純がいる。

世界王座獲得

1993年11月27日大阪府和泉市出身。和泉市立国府小学校和泉市立和泉中学校大阪府立伯太高等学校大阪商業大学経済学部卒業[5]。家族構成は両親、兄、姉[6]

父と伯父が空手道場『聖心會』を主宰する空手家であったため[7]、京口も3歳の時から空手を始める[7]

実兄の京口竜人が大阪帝拳ボクシングジムボクシングをやっていたことから、その影響で京口自身も小学校6年から大阪帝拳に通い、ボクシングを始める[8]。特に大阪帝拳の大先輩である辰吉丈一郎への憧れが強く、中学1年から約2年間辰吉直々の指導を受ける毎日であったという[9][8]

大阪商業大学へ進学後、大学3年次に第69回国民体育大会(2014年)の成年男子ライトフライ級で優勝を飾る[10]。2015年、大学4年次でボクシング部主将となり、同年の「第5回台北市カップ国際ボクシングトーナメント」(台湾台北市)では、日本代表選手として出場、ライトフライ級で準優勝となった[11]

2016年、大学卒業と同時にプロ入りし、ワタナベボクシングジムに入門。同年2月にB級プロテストを受験して合格した[12]。4月17日に大阪府立体育会館第2競技場でナーヨレック・シッサイトーンとライトフライ級6回戦を戦い、2回2分55秒TKO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った[13]

2016年5月16日、バンコクのミナヨーティンボクシングジムでファンタ・ルークジャオメーサイトーンと50.0kg契約6回戦を行い、初回33秒TKOを収めた[14]

2016年8月7日、大阪府立体育会館第2競技場で宮崎拳一とミニマム級8回戦を行い、3回39秒KO勝ちを収めた[15]

2016年11月15日、後楽園ホールで行われた「DANGAN171」でマイケル・カメリオンと107ポンド契約8回戦を行い、初回33秒KO勝ちを収めた[16]。12月13日、東日本ボクシング協会の2016年11月度月間新鋭賞に選出された[17]

2016年12月31日、大田区総合体育館でジュヌエル・ラカールと107ポンド契約8回戦を行い、3回46秒KO勝ちを収めた[18]

2017年2月28日、後楽園ホールでアルマンド・デラクルスとOPBF東洋太平洋ミニマム級王座決定戦を行い、デビュー戦から6戦連続KO勝ちとなる3回2分2秒KO勝ちを収め王座を獲得した[19]

2017年4月25日、後楽園ホールで行われた「DANGAN180」でOPBF東洋太平洋ミニマム級2位のジョナサン・レフジョと対戦し、12回3-0(117-111、118-111、119-109)の判定勝ちを収めデビュー戦以来続いていたKO勝ちが6でストップしたものの、防衛に成功した[20]

2017年7月23日、大田区総合体育館でIBF世界ミニマム級王者のホセ・アルグメドと対戦し、12回3-0(116-111×2、115-112)の判定勝ちを収め、憧れる辰吉丈一郎と同じプロ8戦目での世界戴冠に成功した[21][22]

2017年12月31日、大田区総合体育館でIBF世界ミニマム級3位のカルロス・ブイトラゴと対戦し、8回2分28秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[23]

2018年5月20日、大田区総合体育館にて、1階級上のIBF世界ライトフライ級10位でWBOアジア太平洋ライトフライ級ユース王者のビンス・パラスと対戦し、3回にダウンを喫するも後半持ち直して12回3-0(117-110×3)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[24]

その後、自身の体重増加と減量苦を理由として転級を決意、2018年8月11日付でIBF世界ミニマム級王座を返上したことを発表した[25]

2階級制覇

2018年12月31日、マカオでWBA世界ライトフライ級スーパー王者ヘッキー・ブドラーと対戦し、10回終了TKO勝ちを収め王座を獲得し、2階級制覇に成功。またリングマガジン王座も獲得した[26]

2019年6月19日、幕張メッセ・イベントホールでWBA世界ライトフライ級10位でOPBF東洋太平洋ライトフライ級シルバー王者のサタンムアンレック・CPフレッシュマート英語版と対戦し、12回3-0(117-111×2、117-112)で判定勝ちを収め、初防衛に成功した[27]

2019年10月1日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級1位の久田哲也と対戦し、2回に久田に右ストレートをカウンターで決められ膝を折らされるも、9回に右アッパーが決まり、続けて打ち下ろした右フックでダウンを奪うなどして、12回3-0(115-112、116-111、117-110)で判定勝ちを収め、2度目の防衛に成功した[28]

2020年5月9日、大阪府堺市の大浜体育館でアンディカ・ゴールデンボーイと対戦予定だったが新型コロナウイルスの影響で試合中止になった[29]

2020年11月3日、大阪市のインテックス大阪5号館AでWBA世界ライトフライ級10位でタイ国ライトフライ級王者のタノンサック・シムシーと対戦する予定であったが、京口とトレーナーが新型コロナウイルスのPCR検査で陽性反応を示し、延期となった[30][31]。その後、年内の開催を目指していたが、新型コロナウイルス感染者が増加していること、京口の試合以外にも直前に中止となった試合があること、日本ボクシングコミッションが新たなガイドラインを示したことなどを受け「12月に再設定することは断然せざるを得ないと判断した」として、年内の開催を断念した[32]。この興行は新型コロナウイルス感染拡大以降では世界初となる有観客かつ海外選手を招聘して行われる予定だった[33]。また、国内初となる選手個人のYouTubeチャンネルによる生配信も予定していた[33][34]が、これも幻に終わった[注釈 1]

2020年12月23日、イギリスの大手プロモーションでアメリカ部門のマッチルーム・スポーツ・USAと日本人で初めて契約を交わしたことが発表された[35]

2021年2月11日、国立代々木競技場で開催のチャリティーボクシングイベント『LEGEND』で元世界3階級制覇王者・八重樫東と対戦した[36]

2021年3月13日、テキサス州ダラスのアメリカン・エアラインズ・センターでWBA世界ライトフライ級10位のアクセル・アラゴン・ベガと対戦。ベガの右パンチが京口の頭に当たってベガ自身が右拳を痛めて棄権した為5回1分32秒TKO勝ちを収め、3度目の防衛に成功した[37]。この試合はマッチルームと契約を結ぶDAZNにて生配信された。

2021年6月10日、WBAよりWBA世界ライトフライ級レギュラー王者エステバン・ベルムデスと指名試合ならびに団体内王座統一戦を行うように通達された[38]

2022年6月10日、メキシコグアダラハラのドモ・アルカルデで、WBA世界ライトフライ級レギュラー王者のエステバン・ベルムデスと団体内王座統一戦を行い、8回24秒TKO勝ちを収めベルムデスのレギュラー王座を吸収させ団体内王座統一及び4度目の防衛に成功した[39]

WBC王者との統一戦

2022年11月1日、さいたまスーパーアリーナWBC世界ライトフライ級王者寺地拳四朗(B.M.Bボクシングジム)と2団体王座統一戦を行うも、5回に1度目のダウンを奪われ、7回に2度目のダウンによりプロ初黒星となる2分36秒TKO負けを喫4度目の防衛に失敗、王座から陥落した[40]。試合の模様は日本国内はAmazon Prime Video、海外はESPN+(アメリカ)、DAZN(アメリカ以外の海外)で配信された[41]

フライ級

2024年5月11日、韓国仁川のパラダイス・シティ・ホテルでビンス・パラスと5年ぶりに再戦するも、疑惑の判定0-3で敗れた[42]

2024年10月13日、横浜武道館で行われたTREASURE BOXING7にて、フライ級10回戦でビンス・パラスとラバーマッチを行い、10回2-0(96-94×2、95-95)の判定勝ちを収めた[43]

2025年3月13日、両国国技館で行われたU-NEXT BOXING.2のセミファイナルにて、WBO世界フライ級王者のアンソニー・オラスクアガと対戦し、12回0-3(113-114、110-117、109-118)の判定負けを喫し3階級制覇は出来なかった[44]

現役引退

2025年7月2日、自身のYouTubeチャンネルで現役引退を表明した[45]

2025年10月1日、後楽園ホールで行われたTREASURE BOXING10のメインイベント前に引退セレモニーが行われ、同門の谷口将隆とスパーリングを行った後に10カウントゴングを聞いてリングを降りた。

今後はYouTuberのほか、ボクシング解説者として活躍する。

戦績

  • アマチュアボクシング:66戦 52勝 (8KO) 14敗
  • プロボクシング:22戦 19勝 (12KO) 3敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12016年4月17日2R 2:55KOナーヨレック・シッサイトーンタイ王国の旗 タイプロデビュー戦
22016年5月16日1R 0:33TKOファンタ・ルークジャオメーサイトーンタイ王国の旗 タイ
32016年8月7日3R 0:39KO宮崎拳一(大橋日本の旗 日本
42016年11月15日1R 0:33KOマイケル・カメリオンフィリピンの旗 フィリピン
52016年12月31日3R 0:46KOジュヌエル・ラカールフィリピンの旗 フィリピン
62017年2月28日3R 2:02KOアルマンド・デラクルスフィリピンの旗 フィリピンOPBF東洋太平洋ミニマム級王座決定戦
72017年4月25日12R判定3-0ジョナサン・レフジョフィリピンの旗 フィリピンOPBF防衛1
82017年7月23日12R判定3-0ホセ・アルグメドメキシコの旗 メキシコIBF世界ミニマム級タイトルマッチ
92017年12月31日8R 2:28TKOカルロス・ブイトラゴニカラグアの旗 ニカラグアIBF防衛1
102018年5月20日12R判定3-0ビンス・パラスフィリピンの旗 フィリピンIBF防衛2
112018年9月25日4R 2:20TKOチボ・モナベサインドネシアの旗 インドネシア
122018年12月31日10R 終了TKOヘッキー・ブドラー南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国WBAスーパー・世界ライトフライ級タイトルマッチ
WBA・リングマガジン王座獲得
132019年6月19日12R判定3-0サタンムアンレック・CPフレッシュマートタイ王国の旗 タイWBA防衛1
142019年10月1日12R判定3-0久田哲也ハラダ日本の旗 日本WBA防衛2
152021年3月13日5R 1:23TKOアクセル・アラルゴン・ベガメキシコの旗 メキシコWBA防衛3
162022年6月10日8R 0:24TKOエステバン・ベルムデスメキシコの旗 メキシコWBA世界ライトフライ級王座統一戦
WBA防衛4
172022年11月1日7R 2:36TKO寺地拳四朗(BMB)日本の旗 日本WBA・WBC世界ライトフライ級王座統一戦
WBA・リングマガジン王座陥落
182023年5月20日10R判定3-0ローランド・ジェイ・ビエンディーマフィリピンの旗 フィリピン
192023年9月22日3R 3:09KOジャーベン・ママフィリピンの旗 フィリピン
202024年5月11日10R判定0-3ビンス・パラスフィリピンの旗 フィリピン
212024年10月13日10R判定2-0ビンス・パラスフィリピンの旗 フィリピン
222025年3月13日12R判定0-3アンソニー・オラスクアガアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBO世界フライ級タイトルマッチ
テンプレート

エキシビションボクシング

日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12021年2月11日3R判定なし八重樫東大橋日本の旗 日本
22021年6月7日3R判定なし仁平宗忍(ワタナベ日本の旗 日本
テンプレート

獲得タイトル

受賞

TV出演

備考

実兄の京口竜人もプロボクサー(フェザー級)だったが、2015年に傷害事件を起こし、1年間のライセンス停止処分を受けた[51]。処分解除後に復帰したが[52]、2017年には酒気帯び運転による交通事故を起こし[53]、ライセンスは無期限停止処分となり[54]、引退を表明した[55]

2023年1月21日、結婚したことを発表[56]

脚注

関連項目

外部リンク

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