ポーコス
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このポーコスはコリントス王シーシュポスの子オルニュティオーンの子で、トアースと兄弟。一説にポーコスはポセイドーンの子[2]。ポーキス地方の名祖。
彼はポーキス地方のティトレアに移住し[2][3]、これにちなんでその地をポーキスと呼ぶようになった。この移住はアイアコスの子のポーコスよりも一世代前のことだったとされる[3]。
テーバイのアムピーオーンとゼートスはディオニューソスの信女であったディルケーを殺したために、彼らの母アンティオペーはディオニューソスの怒りに触れて気が狂い、ギリシア各地を放浪した。ポーコスはアンティオペーに出会ったとき彼女の狂気を癒し、アンティオペーと結婚した。そこでティトレアにはポーコスとアンティオペーの合葬墓があったが、バキスがテーバイにあるアムピーオーンとゼートスの合葬墓の土をポーコスの墓に運んでくるとティトレアは豊穣に恵まれると予言したため、ティトレアの人々はアムピーオーンとゼートスの墓から土を盗もうとしたという[4][5]。