アリスタイオス

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フランソワ=ジョゼフ・ボジオ作、『アリスタイオス像』。ルーヴル美術館

アリスタイオス古希: Ἀρισταῖος古代ギリシア語ラテン翻字: Aristaĩos)は、ギリシア神話に登場するアポローンキューレーネーの子。カドモスの娘アウトノエーと結婚し、アクタイオーンマクリスの二人の子を儲けた。

ミツバチの巣箱を作って養蜂の技術を発明、チーズの製法やオリーブの栽培、圧搾の技術も伝えたとされ、ゼウスやアポローンと並んで、あるいは彼らの称号としてアルカディアケオース島ボイオーティアテッサリアマケドニアサルディニアシケリアなどで広く信仰された[1]

誕生から結婚まで

ラピテース族の王ヒュプセウスとクリダノペーの娘キューレーネーは狩りを好み、あるときペーリオン山の山中でライオンと遭遇し、組み討ちしてこれを殺すほどであった。たまたまこれを見たアポローンは驚いて、ケイローンを呼んで相談した。ケイローンはアポローンの恋心を見抜き、望みどおりキューレーネーを妻とするよう助言した。ケイローンはさらに、キューレーネーは身ごもり、生まれてくる子供はヘルメースが受け取り、ホーライガイアの祝福を受け、ネクタルアムブロシアーを供されて不死の神となるであろうと予言し、そのとおりになった。

アリスタイオスは、銀梅花ニュンペーたちから牛乳を凝固させてチーズを作る方法やミツバチの飼い方、オリーブの育成などを学んだ。さらにアポローンはアリスタイオスをケイローンに預けて養育させ、ムーサイからは医術予言を学んだ。成長すると、テッサリア地方のプティーア羊飼いとなり、ムーサイの仲立ちによって、カドモスとハルモニアーの娘アウトノエーとの結婚式を挙げた。二人の間にアクタイオーンとマクリス(ディオニューソス乳母を務めた)の一男一女が生まれた。

ケオース島の疫病

あるとき、アリスタイオスはデルポイからアポローンの神託を受け、「ケオース島に行け。そこでおまえは大変な尊敬を受けることになろう」と告げられた。アリスタイオスがケオース島に赴くと、この地に狼星セイリオスが酷暑をもたらし、疫病が蔓延していた。これは、イーカリオスを暗殺した罪人たちを島人がかくまっていたためであった。アリスタイオスは、山中に巨大な祭壇を築かせ、ゼウスに生け贄を捧げて罪人たちを処刑した。するとゼウスはこれに応えてエテーシアイ(貿易風)の風の神に命じ、40日間涼しい風を送ったので、疫病もやんだ。このことで、アリスタイオスは島人の感謝と尊敬を一身に集め、島では毎年セイリオスが空に現れる前にゼウスに捧げものを供えるようになった。

プローテウスとの格闘

ケオースを去ってテムペーに移ったとき、アリスタイオスが飼っていたミツバチが病気になってみな死んでしまった。このことを母親のキューレーネーに相談すると、「プローテウスを縛り上げてミツバチの病気の理由を聞き出すとよい」と助言された。そこでアリスタイオスはパロス島の洞窟で午睡しているプローテウスを襲った。プローテウスは逃げようとして様々に姿を変えたが、アリスタイオスが打ち負かした。

プローテウスは、ミツバチの病気について次のように語った。かつてアリスタイオスはエウリュディケーに恋をしたが、エウリュディケーはオルペウスと結婚したばかりで、アリスタイオスに追い回され、逃れようとして毒蛇に噛まれて死んだ。このため、アリスタイオスがエウリュディケーとオルペウス、エウリュディケーの仲間のドリュアスたちから恨まれているのが原因であると。これを聞いたアリスタイオスは、まずドリュアスたちに牛の生け贄を捧げ、9日後に同じ場所で冥府のエウリュディケーとオルペウスを慰める生け贄を捧げた。すると、牛の死体から一群れのミツバチが飛び立った。新しいミツバチたちを飼育する方法をこの地に伝えたことで、アルカディア人たちは彼をゼウスとして崇拝した。

放浪

やがてアリスタイオスは、息子アクタイオーンの横死を悲しむあまり、ボイオーティアの地を疎むようになり、リビュアーからサルディニアへ渡って、ダイダロスと協力して土地の開発に従事した。さらに遠方の島々を訪れ、シケリアではオリーブ栽培を伝えた。最後にトラーキアを訪れ、ディオニューソスの秘教会に参加した。ハイモス山の近くにアリスタイオン市を創設したが、その後ハイモス山の上でかき消すように姿が見えなくなってしまったといわれる。

解釈

系図

参考文献

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