パリスの審判

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ルーベンスの『パリスの審判』。1636年。ナショナルギャラリー所蔵。パリス(黄金の林檎を持つ男)はアプロディーテー(真ん中の女)を選んだ[1]
サンドロ・ボッティチェッリと工房『パリスの審判』。1485年から1488年頃。チーニ宮殿美術館イタリア語版所蔵。

パリスの審判(パリスのしんぱん)は、ギリシア神話の一挿話で、トロイア戦争の発端とされる事件である。

イリオス(トロイア)王プリアモスの息子パリス(アレクサンドロス)が、神々の女王ヘーラー・知恵の女神アテーナー・愛と美の女神アプロディーテーローマ神話においては、ユーノーミネルウァウェヌス[2])という天界での三美神のうちで誰が最も美しいかを判定させられた。

テティスペーレウスの結婚を祝う宴席には全ての神が招かれたが、不和の女神エリスだけは招かれなかった[3][4]。(増えすぎた人類を減らすためにゼウスが故意に招かず、エリスに戦争を起こさせようとしたという説もある)エリスは怒り、宴席に「最も美しい女神へ」と書かれた黄金の林檎を投げ入れた[3][4]。この林檎について、ヘーラー・アテーナー・アプロディーテーが権利を主張した[3][4]。ゼウスは仲裁するために「イリオス王プリアモスの息子で、現在はイデ山で羊飼いをしているパリス(アレクサンドロス)に判定させる」こととした(パリスの審判)。この時、女神たちは様々な賄賂による約束をしてパリスを買収しようとした。ヘーラーは「アシアの君主の座」、アテーナーは「戦いにおける勝利」を与えることを申し出たが、結局「最も美しい女を与える」としたアプロディーテーが勝ちを得た[4][5]。「最も美しい女」とはすでにスパルタメネラーオスの妻となっていたヘレネーのことで[4]、これがイリオス攻め(トロイア戦争)の原因となった[5]。トロイア戦争の間にパリスを憎むヘーラーとアテーナーとはギリシア側に肩入れした[4]

なお古い伝承ではパリスがアプロディーテーの加護の下に置かれ、ヘレネーが連れ去られたとするが、後にゼウスの娘であるヘレネーは半神とみなされ、不敬を避けるためパリスが略奪したのは、ヘレネーに似せて作られたで出来た像であったとする説ができた。

その他、フランスの比較神話学者ジョルジュ・デュメジルは彼自身の研究による三機能仮説がそれぞれに影響し、ヘーラー「主権」、アテーナー「戦闘」、アプロディーテー「生産」[6]の三つの階級が人間の社会を構成していると考えた。パリスが「生産」の階級を重視しつつ、アプロディーテーを選んで結局はトロイアを滅ぼしたと考えられる。

絵画

脚注

関連項目

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