ロンドン: ラニラのロタンダの内部
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| イタリア語: Londra: Interno della Rotonda a Ranelagh 英語: London: Interior of the Rotunda at Ranelagh | |
| 作者 | カナレット |
|---|---|
| 製作年 | 1754年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 47 cm × 75.6 cm (19 in × 29.8 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
『ロンドン: ラニラのロタンダの内部』(ロンドン: ラニラのロタンダのないぶ、伊: Londra: Interno della Rotonda a Ranelagh、英: London: Interior of the Rotunda at Ranelagh)は、18世紀イタリアの画家カナレットが1754年にキャンバス上に油彩で制作した風景画である。イギリスのヴェネツィア領事ジョゼフ・スミスの親友であり、カナレットの親友でもあったトマス・ホリスが画家に委嘱した6点の絵画のうちに含まれていた[1][2]。作品は1894年に購入されて以来[1]、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている[1][2]。『イートン・カレッジ』とともに、ナショナル・ギャラリーが所蔵するカナレットのイギリス時代の2点の絵画のうちの1点である[1]。
カナレットとその甥ベルナルド・ベッロットが確立した地誌学的風景画「ヴェドゥータ」(都市景観画) は、18世紀ヨーロッパ各地で広く好まれた。寸分狂いのない線遠近法と明瞭な明暗効果の中に捉えられたヴェネツィアなどの都市風景の広がりは、時代精神と共鳴するところがあったと思われれる[3]。
1725年までにヴェドゥータの専門家になっていたカナレットが描いたヴェネツィアの風景は、とりわけグランド・ツアーに出かけた上流階級のイギリス人子弟の間で非常な人気を博し[4]、彼らが帰国する際にはヴェネツィアの絵葉書、お土産代わりに購入された[5]。1741年にオーストリア継承戦争が勃発すると、外国人によるイタリアへの旅行が危険となり、カナレットは自身の絵画の顧客が最も多かったイギリスに赴くこととなった[6]。しかし、彼がイギリスを描いた風景画は人気がなかったので[4]、1756年までには故郷のヴェネツィアに帰還した[6]。
作品


18世紀のロンドンには、2つの主なプレジャー・ガーデンが存在した。1つはヴォクスホール・ガーデンズで、もう1つがチェルシーのラニラ・ガーデンズであるが、後者の方が上等と見なされた[2]。
本作は、ラニラ・ガーデンズにあった有名なロタンダの内部を表している[1]。ラニラ・ガーデンズは1742年に開業し、その主要なアトラクションは上流階級の人々が舞踏会や音楽を楽しむことのできたこの巨大な円形の建物であった[1]。若きモーツァルトも、1764年にここで演奏をしている[1][2]。しかし、18世紀も終わりに近づくと、こうした大きなパヴィリオンや庭園は流行遅れとなり、本作に描かれているロタンダも1803年に閉鎖され、1805年に取り壊された[1]。
ほぼ完全に木材で造られたこのロタンダの直径は約46メートルあり、100の個人用夕食席が設けられていた[1]。大ステージではコンサートが催されたが、画面の右側ではオーケストラが演奏中で、内部を音楽で満たしている。小さな群衆がオーケストラに注意を向けている一方、列柱の下で飲み物 (紅茶、コーヒー1杯は入場料に含まれていた) を飲みながらテーブルに着席している人々も見える。小さな集団が中央の柱の周りを散策している。この柱には見事な絵画が描かれ、ロココ的なモティーフで鍍金されていたが、柱の内部にあった暖炉は湿って寒い日に訪問者たちを温めた[1]。
鑑賞者は単にコンサートを見ているのではなく、大きなステージにいるかのように画面を満たす男女、子供たちを見ている。鑑賞者から見下ろされている彼らは、空間を満たす光とともに建物の高さを強調する[1]。左側のドアから陽光が差し込んでいるが、それは内部を満たすほど強いものではなく、実際には壁や中央の柱を照らすほど高く届くものではなかった。代わりに、カナレットの演劇的な照明が上部左側から射し込んでおり、丸い天井、アーチ、窓を照らし出し、繊細なシャンデリアの上できらめている[1]。