ウォリック城の南側正面
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| スペイン語: La Fachada sur del Castillo de Warwick 英語: The South Façade of Warwick Castle | |
| 作者 | カナレット |
|---|---|
| 製作年 | 1748年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 75 cm × 120.5 cm (30 in × 47.4 in) |
| 所蔵 | ティッセン=ボルネミッサ美術館、マドリード |
『ウォリック城の南側正面』(ウォリックじょうのみなみがわしょうめん、西: La Fachada sur del Castillo de Warwick、英: The South Façade of Warwick Castle)は、18世紀イタリアの画家カナレットがキャンバス上に油彩で制作した風景画である。画家がイギリスに滞在していた時期の1748年に初代ウォリック伯フランシス・グレヴィルの依頼で描かれた。その後、作品はウォリック伯爵家に継承されたが、1978年にハンス・ハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵に取得され[1]、現在、男爵のコレクションを引き継ぐマドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館に所蔵されている[1][2]。
カナレットとその甥ベルナルド・ベッロットが確立した地誌学的風景画「ヴェドゥータ」(都市景観画) は、18世紀ヨーロッパ各地で広く好まれた。寸分狂いのない線遠近法と明瞭な明暗効果の中に捉えられたヴェネツィアなどの都市風景の広がりは、時代精神と共鳴するところがあったと思われれる[3]。
1725年までにヴェドゥータの専門家になっていたカナレットが描いたヴェネツィアの風景は、とりわけグランド・ツアーに出かけた上流階級のイギリス人子弟の間で非常な人気を博し[4]、彼らが帰国する際にはヴェネツィアの絵葉書、お土産代わりに購入された[5]。1741年にオーストリア継承戦争が勃発すると、外国人によるイタリアへの旅行が危険となり、カナレットは自身の絵画の顧客が最も多かったイギリスに赴くこととなった[6]。しかし、彼がイギリスを描いた風景画は人気がなかったので[4]、1756年までには故郷のヴェネツィアに帰還した[6]。
作品

カナレットはイギリスのほかのどの場所よりも多くウォリック城を主題として取り上げ、城を異なる角度から表した5点の絵画を描いた[1][2]。ウォリック城の所有者は、本作を依頼したフランシス・グレヴィルであった。絵画の支払いに関する日付は、カナレットが少なくとも2度、すなわち1748-1752年と1752年にウォリック城に赴いたことを示唆している。本作はおそらくロンドンで描かれたと思われ[1][2]、画家の1回目のウォリック城訪問と関連しているようである[2]。
構図上の中心を占めるのは南側から見た、やや斜めに画面を横切るウォリック城の正面で、それは城と平行するエイヴォン川と土手によって強調されている[1]。この眺めは丘からのもので、左端は庭園を表している一方、右端には橋のあるウォリックの町が見える。前景には余暇を楽しむ人物が描かれているが、彼らと対比されることで、背後の城に壮大な感覚が与えられている。川にはゴンドラが浮かんでおり、カナレットのヴェネツィアを描いた絵画を想起させる。ゴンドラは場違いのように見えるが、フランシス・グレンヴィルの財産目録には遊興用の舟を所有していたことが記録されている[1]。
同主題作
- バーミンガム美術館蔵