ヴェネツィア: 聖ロクスの祝祭日
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| イタリア語: Venezia: la festa di San Rocco 英語: Venice: The Feast Day of Saint Roch | |
| 作者 | カナレット |
|---|---|
| 製作年 | 1735年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 144.7 cm × 199.4 cm (57.0 in × 78.5 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
『ヴェネツィア: 聖ロクスの祝祭日』(ヴェネツィア: せいロクスのしゅくさいじつ、伊: Venezia: la festa di San Rocco、英: Venice: The Feast Day of Saint Roch)は、18世紀イタリアの画家カナレットが1735年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。絵画の初期の歴史については、ほとんど何もわかっていない。1876年にウィン・エリス (Wynn Ellis) により遺贈されて以来[1]、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されている[1][2]。
作品
毎年8月16日、ヴェネツィアでは1576年の疫病を聖ロクスが収束させたことを記念して聖ロクスの祝祭日が開かれた[1][2]。画面右側では、豊かな装いのヴェネツィア共和国の高官や外国大使たちがサン・ロッコ教会から出てきている。大勢の大衆がその大行列を見るために集っているが、鑑賞者に背を向けているので、鑑賞者もまた大衆の後ろに立っているような印象を持つ[1]。
この祝祭日には、ドージェ (ヴェネツィア共和国の総督) が、聖ロクスの聖遺物を保存していたサン・ロッコ教会でのミサに出席するのが慣例であった。行列に参加している人々は皆、疫病を記念して、不快な匂いを遮るためのノーズゲイ (甘い香りのする小さなブーケ) を持っている[1][2]。疫病中は、ノーズゲイの香りが伝染を防ぐと信じられていたのである[2]。ドージェ (中央左寄り) はテンの毛皮で縁取りされた金色の礼服を纏い、帽子と白いリネンの布レンサ (rensa) を頭に被っている。本作は1735年ごろに描かれたと思われるので、ドージェは新たに選ばれたアルヴィーゼ・ピサーニであろう。
ドージェの左側にはフランス大使がおり、右側には頭巾の付いた黒いケープ (モゼッタ) を纏った教皇領大使の代理が見える。彼らの前には、深紅の衣装を纏ったヴェネツィア共和国書記官長、椅子とクッションを運ぶ2人の召使、紫色の衣装を身に着けた3人の書記がいる[1][2]。行列の上に張られたキャンバス布は日陰を提供するためのもので、その水平の線は行列の動きを強調する画面下部の構図にうねるような律動を与えている。前景には、ぼろの茶色の外套を纏った乞食がいる。その横にいる少年は屈んでいるが、お金を盗み取ろうとしているのかもしれない。少年の右側には、中近東出身の白い衣服を着た人物が2人いる。また、画面最前景右寄りには、行列が通り過ぎる際に置き去りにされた野菜の籠が見える[1]。

この光景は、カナレットの創造力を明らかにしている。画家は大群衆を描き込むために広場を拡大しつつ、場面を明瞭に表すために片側の建物を取り去っているのである[1][2]。行列の人々の尺度を奥のドア入り口に立っている人々と比較するならば、カナレットが画面に大きな奥行き感を与えるために人物像の大きさを利用していることがわかる。入り口のある建物はヴェネツィアの最も重要な宗教的慈善団体の1つサン・ロッコ大同信会のもので、その見事なファサードが後景の中心を占めている。この建物は1517年に建設が始まり、画面に見られるファサードは、1527年に建築家アントニオ・アッボンディにより設計された[1]。
聖ロクスの祝祭日には、ドージェと来賓がサン・ロッコ大同信会の建物内にあったティントレットの偉大な絵画作品を見ることになっていた (現在も、それらの絵画が収められている)。一方、建物の外側では、過去と同時代の巨匠たちの絵画が展示された[1]。本作の画面では、宗教、歴史的主題の絵画、肖像画、風景画が建物のファサードと左の家に掛けられており、通行者の関心を引いている。こうした絵画は芸術家や収集家たちによって貸し出されたもので、買い手を求める者たちもいた。実際、このような機会には、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ、セバスティアーノ・リッチ、ベルナルド・ベッロットらの画家たちが自身の絵画を展示した。カナレットも1725年にサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂の眺めを描いた絵画を展示したことがわかっており、その絵画は行列に参加した1人の大使によって購入された[1]。