カンポ・ディ・リアルト

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製作年1758-1762年
寸法119.3 cm × 186.6 cm (47.0 in × 73.5 in)
『カンポ・ディ・リアルト』
ドイツ語: Der Campo di Rialto
英語: The Campo di Rialto
作者カナレット
製作年1758-1762年
種類キャンバス上に油彩
寸法119.3 cm × 186.6 cm (47.0 in × 73.5 in)
所蔵ベルリン絵画館

カンポ・ディ・リアルト』(: Der Campo di Rialto: The Campo di Rialto)は、18世紀イタリアの画家カナレットキャンバス上に油彩で制作した風景画である。彼が1746-1755年まで滞在したイギリスから帰国した後の1758-1762年に描かれた。ベルリン出身の商人シギスムント・シュトライト (Sigismund Streit, 1687–1775年) の依頼で描かれた[1][2]。作品は1964年以来[1]ベルリン絵画館に所蔵されている[1][2][3]

カナレットとその甥ベルナルド・ベッロットが確立した地誌学風景画ヴェドゥータ」(都市景観画) は、18世紀ヨーロッパ各地で広く好まれた。寸分狂いのない線遠近法と明瞭な明暗効果の中に捉えられたヴェネツィアなどの都市風景の広がりは、時代精神と共鳴するところがあったと思われる[3]。1725年までにヴェドゥータの専門家になっていたカナレットが描いたヴェネツィアの風景は、とりわけグランド・ツアーに出かけた上流階級イギリス人子弟の間で非常な人気を博し[4]、彼らが帰国する際にはヴェネツィアの絵葉書、お土産代わりに購入された[5]

作品

1709年にヴェネツィアにやってきたシュトライトは、1715年に自身のビジネスを起業した[1]。本作は、対作品の『南東にリアルト橋を望むカナル・グランデ[6]および夜景図の『サンタ・マルタ教会での聖マルタの夜間祈祷祭』、『サン・ピエトロ教会での聖ペテロの夜間祈祷祭』とともにシュトライトがカナレットに委嘱した4点の絵画 (すべてベルリン絵画館蔵) のうちの1点である[1][2]

2014年のカンポ・ディ・リアルト

本作に描かれているリアルト広場英語版は当時のヴェネツィアのビジネスと金融の中心地で[1][3]、シュトライトの住居があったカ・フォスカリとはカナル・グランデで隔てられていたとはいえ、近い距離にあった[1]。画面左側には金細工職人が集まっていたルーガ・デッリ・オレフィチ (Ruga degli Orefici) 通り、サン・ジョヴァンニ・デッリ・エレモシナーリオ教会 (San Giovanni degli Elemosinario) の鐘楼が背後に聳えるディエチ・サーヴィ宮殿 (Palazzo dei Dieci Savi) が見え、中央と右側にはファッブリーケ・ヴェッキエ・ディ・リアルト (Fabbriche Vecchie di Rialto) の建物が描かれている[1][2]

この眺めは、サン・ジャコモ・ディ・リアルト聖堂英語版から見られたものである[3]。依頼主のシュトライトが望んだもので、彼はヴェネツィア共和国の銀行本部となっていた「ジーロ銀行 (Banco di Giro)」が置かれていたファッブリーケ・ヴェッキエのポルチコ (柱列のある空間) をカナレットに描いてほしかったのである[1]。銀行員たちが机に座っており、奥では公証人たちがカウンターに座っている。保険の代理人も近くに事務所を構えていた。商人たちが会話をしながら広場を歩いているが、シュトライトは、特に赤い帽子を被っているユダヤ人と長い衣服と尖った帽子を身に着けているアルメニア人について言及している。左側の通りの前には、肉、野菜、陶器などを売っている屋台が見える。前景と右側のポルチコには、日常家庭用品、家具、絵画などの品物が売られている[1]

広角レンズを用いたような遠近法が描かれている広場を実際よりも大きく見せている。今日でも見られる、迂曲する線のある舗装は1758年になされたものと思われ、それにより本作がそれ以降の年度に制作されたことわかる。作品は、空間の堂々とした記念碑的性格、冷たく乾いた明るい大気、緻密に再現された建築物、茶色と赤色の色調風俗画的な細部に対する嗜好といったカナレットの晩年様式を典型的に示している[1]

脚注

参考文献

外部リンク

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