上田英俊

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生年月日 (1965-01-22) 1965年1月22日(61歳)
上田 英俊
うえだ えいしゅん
国土交通大臣政務官就任に際し公表された公式肖像画像
生年月日 (1965-01-22) 1965年1月22日(61歳)
出生地 日本の旗 富山県下新川郡入善町
出身校 早稲田大学政治経済学部
前職 議員秘書
所属政党 自由民主党茂木派→無派閥)
選挙区 富山県第2区
当選回数 3回
在任期間 2021年11月3日[1] - 現職
選挙区 下新川郡選挙区
当選回数 6回
在任期間 1999年 - 2021年
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上田 英俊(うえだ えいしゅん、1965年(昭和40年)1月22日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、国土交通大臣政務官内閣府大臣政務官復興大臣政務官

自由民主党農林水産関係団体委員長、自由民主党農林部会長代理、富山県議会議員(6期)を歴任。

入善町立入善小学校入善町立入善中学校富山県立魚津高等学校早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田大学雄弁会OB。長勢甚遠衆議院議員公設秘書を経て、富山県議会議員[2]

2021年、年内に予定される第49回衆議院議員総選挙宮腰光寛が9選を目指し出馬の準備を進めていた。5月、上田が富山2区からの出馬を検討し、保守分裂選挙となる可能性が取り沙汰された[3]

しかし、2020年の県知事選挙に続き保守分裂選挙を避けたいとした上で宮腰は5月26日に会見で次の衆議院議員総選挙への立候補を取り止め、政界から引退する意向を示した[4][5]

2021年9月8日、富山県議会議員を辞職[6]。10月31日の衆議院議員総選挙の投開票の結果、立憲民主党が擁立した新人候補に倍以上の得票差をつけて初当選を果たした。

2024年9月12日、自民党総裁選挙が告示され、旧茂木派からは会長の茂木敏充加藤勝信の2人が立候補した。上田は茂木の推薦人に名を連ねた[7]石破茂高市早苗小泉進次郎の3人が競り合う構図が固まった終盤[8]麻生太郎は9月25日に茂木と「反石破」での連携を確認し、茂木派議員の一部も取り込んだ[9][注 1]。9月27日総裁選執行。高市が得票数1位で決選投票へ進むも、岸田文雄首相の後押しを受けた石破に敗れた[12][9]。上田は1回目の投票では茂木に投じ[13]、決選投票では茂木の意向に従わず、石破に投じた[13]

同年10月27日の第50回衆議院議員総選挙で再選[14]。同年11月15日、自由民主党農林水産関係団体委員長、自由民主党農林部会長代理に就任[15][16]。2025年10月22日、第1次高市内閣国土交通大臣政務官内閣府大臣政務官復興大臣政務官に就任[17]

2026年2月8日、第51回衆議院議員総選挙で3選[18]。同年2月19日、第2次高市内閣で国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官に再任[19]

政策・主張

  • 憲法改正に賛成[20]
  • 選択的夫婦別姓について2021年のアンケートで「反対」と回答[20]
  • 同性婚制度の導入について2021年のアンケートで「認めるべきではない」と回答[20]
  • 女性の国会議員を増やすため、候補者や議席の一定数を女性に割り当てるクオータ制の導入に反対[20]

人物

統一教会との関係

  • 2022年に自民党が実施した統一教会との接点についての点検で「自民党の項目については当てはまらないと判断」し「全てなし」と回答し、氏名公表の対象外となった[21]
  • 2022年7月、NNNのアンケートでは「去年の夏、支援を受けている議員からの紹介で集会で所見を述べた」と回答した[21]
  • 2022年7月9日、富山市で行なわれた記者会見で「応援している議員の方から『あなたの国政に臨むに当たっての考え方を聞きたい』というところでとその方に案内をして行った箇所が1か所と、あと公民館で話をしたという記憶は残っています」と回答した[21][22]。その場が、「統一教会の関連団体の方々が集まる場所だったか?」という質問に対して、上田は「今となったら、たぶんそうだったんだろうと思います」と回答した[22]

所属団体・議員連盟

選挙歴

脚注

外部リンク

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