南久屋町
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沿革
- 1892年(明治25年)私立名古屋幼稚園(後の名古屋市立第一幼稚園)が南久屋町に開園する[5]。
- 1900年(明治33年)3月 - 愛知県庁が武平町に移転[4]。
- 1907年(明治40年)7月15日 - 一部が新栄町に編入される[6]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 中区成立に伴い、同区南久屋町となる[1]。また、一部が東区に編入され、同区南久屋町となる[1]。
- 1911年(明治44年)11月1日 - 南鍛冶屋町の一部を編入する[1]。また、東区南久屋町の全域が同区久屋町に編入され消滅[7]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 栄区成立に伴い、同区南久屋町となる[1]。
- 1945年(昭和20年)11月3日 - 栄区廃止に伴い、中区南久屋町となる[1]。
- 1966年(昭和41年)3月30日 - 住居表示実施に伴い、一部が栄三丁目に編入される[1]。
- 1969年(昭和44年)10月21日 - 栄三丁目および栄四丁目に編入され、消滅[1]。