南鍛冶屋町
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沿革
- 1873年(明治5年) - 従来の鍛冶屋町筋の一部により、南鍛冶屋町として成立する[1]。
- 1878年(明治11年)12月20日[5] - 愛知郡前津小林村潮見坂・潮見沢下ノ筋・鼠坂・堀田坂・南鍛冶屋町・南鍛冶屋町東ノ切の各一部により、名古屋区南鍛冶屋町となる[2][6]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市南鍛冶屋町となる。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 中区成立に伴い、同区南鍛冶屋町となる[2]。
- 1911年(明治44年)11月1日 - 2丁目・3丁目の各一部が南久屋町および南武平町にそれぞれ編入される[2]。
- 1913年(大正2年)3月 - 愛知結核予防会が設立され、事務所が設置される[7]。
- 1936年(昭和11年)2月27日 - 東洋生命保険名古屋支店が廃止[8]。
- 1938年(昭和13年)3月15日 - 矢場町の一部を編入する[6]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 栄区成立に伴い、同区南鍛冶屋町となる[2]。
- 1945年(昭和20年)11月3日 - 栄区廃止に伴い、同区南鍛冶屋町となる[2]。
- 1966年(昭和41年)3月30日 - 住居表示実施に伴い、1〜4丁目が栄三丁目に編入される[2]。
- 1969年(昭和44年)10月21日 - 住居表示実施に伴い、4・5丁目が大須四丁目に編入される[2]。