小市場町
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学区
歴史
町名の由来
小市場町は清洲越しにより慶長19年(1614年)、清須北市場が移転して成立した町であり、当時は北市場と称していたものが、いつしか表記が変わったものであるという[1]。
行政区画の変遷
- 1615年(元和元年) - 小塚町が清須から当地に移った(一説には元和4年)[5]。
- 1871年(明治4年) - 当町南側に接していた小塚町を併合[1]。
- 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区小市場町となる[6]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市小市場町となる[6]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 東区成立に伴い、同区小市場町となる[6]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 栄区成立に伴い、同区小市場町となる[6]。
- 1945年(昭和20年)11月3日 - 栄区廃止に伴い、中区小市場町となる[6]。
- 1966年(昭和41年)3月30日 - 一部が錦三丁目に編入される[6]。
- 1976年(昭和51年)1月18日 - 一部が栄三丁目に編入される[6][注釈 1]。
出来事
史蹟

- 小塚町の東側に所在したという[5]。塚の近くには小袖松と称する木が植わっており、松についての由来が複数伝わっている[5]。井戸田村に流された藤原師長が都に戻ることを嘆いた女が入水した際に小袖を掛けた松であるとするもの、師長の形見の小袖を彼女の故郷である前津小林に近い当地に埋めたとするもの(府城志および金鱗九十九之塵)、戦乱により行方知れずとなった長者の女の小袖がかかっていた松であるとするもの[5]。ただし、尾張藩士阿部直輔は『阿部直輔備忘志』の中で、小塚町が清須越により移った地名であり、その名前の由来となった小袖塚も当然元々清須にあったはずであるとしている[5]。小袖松は1794年(寛政6年)に枯死しており、その後改めて別の木が植えられている[5]。