関鍛冶町
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町名の由来
清洲越しの町であり、町名は清洲時代のものに由来する[4]。当町は美濃国関の鍛冶職が多く居住していたことによる[4]。
沿革
- 1871年(明治4年) - 吉田町を合併する[4]。
- 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区関鍛冶町となる[5]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市関鍛冶町となる[5]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 東区成立に伴い、同区関鍛冶町となる[1]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 栄区成立に伴い、同区関鍛冶町となる[1]。
- 1945年(昭和20年)11月3日 - 栄区廃止に伴い、中区関鍛冶町となる[1]。
- 1966年(昭和41年)3月30日 - 住居表示実施に伴い、1〜4丁目の各一部が丸の内三丁目に、4丁目の一部が錦三丁目に編入され消滅[1]。