岩間正男

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岩間 正男(いわま まさお、1905年明治38年)11月1日 - 1989年平成元年)11月1日)は、日本政治家歌人である。

宮城県柴田郡村田町に生まれる。宮城師範学校(現宮城教育大学)卒業後、宮城県内をはじめ、東京などで教師生活をする。戦後、教員組合運動に積極的にかかわり、日本教職員組合(日教組)の結成に尽力[1]。その流れのなかで、1947年昭和22年)の第1回参議院議員通常選挙に立候補、全国区で当選する。最初は無所属であったが、1949年日本共産党に入党、その後同党に所属する。一度落選のあと、1956年(昭和31年)に返り咲き、その後1977年(昭和52年)まで通算5期(うち1期は3年議員)にわたって参議院議員をつとめ、日本共産党所属の議員としてはじめて25年勤続の表彰を受けた。

1989年11月1日、死去した(生没同日)。84歳没[2]

歌人として

歌人としては、北原白秋に師事し、雑誌『多磨』の編集に携わったこともあった。歌集淡路書房で、1979年に第11回多喜二・百合子賞を受賞した。他に歌集『炎軍(ほむら)』『母子像』などがある。

「きれいな核」

著書

脚注

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