常岡一郎

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常岡 一郎(つねおか いちろう、1899年明治32年〉1月12日 - 1989年昭和64年〉1月2日[1])は、日本の政治家参議院議員(2期)、宗教家文筆家

1899年(明治32年)福岡県糟屋郡古賀町(現古賀市)に生まれる。慶應義塾大学部理財科に在学していたが、卒業前に結核に倒れ、同大学を中退。闘病と共に天理教の修養を始める[1]

1935年(昭和10年)修養団体『中心社』を創設。その後、月刊誌「中心」を主宰し中心社主幹。この他、養護施設中心学園、養護老人ホーム中心荘を経営して社会福祉に貢献、健康学園を創建。兼ねてよりの持論である5健運動を推進する[2]

1950年(昭和25年)第2回参議院議員通常選挙全国区緑風会から出馬し参議院議員に当選。1962年(昭和37年)第6回参議院議員通常選挙落選により引退。その後は天理大学副学長などを務めた。1969年(昭和44年)春の叙勲で勲二等瑞宝章を受章[3]

1989年(昭和64年)1月2日、90歳で死去。死没日をもって従四位に叙される[4]

著書

脚注

参考文献

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