横山フク
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東京府東京市神田区須田町(現千代田区)生まれ[1]。東京府第一高等女学校卒業、日本大学法学部(夜間)卒業[1]。
職業婦人になるため三省堂に勤務しながら夜は速記塾で学んだ[1]。1927年、東京府産婆会書記になり、その縁で1932年に産婆の資格をとり、板橋で開業[1][2]。
1947年板橋区議会議員に当選[1]、1950年の第2回参議院議員通常選挙全国区に無所属で立候補したが、落選[3]。1953年の第3回参議院議員通常選挙全国区に自由党公認で初当選[3]。以後連続3期当選。
1955年、日本看護協会助産婦部会長として、国際看護師協会加盟に絡み、日本助産婦会を設立、初代会長に就任[1][3]。
1971年の第9回参議院議員通常選挙で落選。
1974年の第10回参議院議員通常選挙において、丸茂重貞、山下春江とともに日本看護連盟推薦を受け立候補するが、落選[5]。1977年秋の叙勲で勲二等宝冠章受章[1]。
役職
- 母子保健研修センター助産師学校長[7]。
脚注
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- 1 2 3 4 5 6 7 「横山 フク」『20世紀日本人名事典 / 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』。https://kotobank.jp/word/%E6%A8%AA%E5%B1%B1%20%E3%83%95%E3%82%AF。コトバンクより2023年2月25日閲覧。
- ↑ 「横山フク」『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』。https://kotobank.jp/word/%E6%A8%AA%E5%B1%B1%E3%83%95%E3%82%AF。コトバンクより2023年2月25日閲覧。
- 1 2 3 助産師代表の横山フク参議院議員誕生
- ↑ 科学技術政務次官
- ↑ 看護連盟のあゆみ
- ↑ 『官報』第780号10-11頁 平成3年11月18日号
- ↑ 助産師学校の沿革・理念
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| 先代 山本杉 |
1970年-1971年 |
次代 佐田一郎 |
| 先代 紅露みつ |
1966年 |
次代 廃止 |
| 第1回 (定数100) |
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†:当選無効・失格など、 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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