神谷信之助
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京都府京都市下京区出身。日活撮影所の表具師の長男。1941年(昭和16年)旧制京都第二中学校卒業後、学徒出陣して久留米陸軍予備士官学校に入学。1945年(昭和20年)に東亜同文書院大学を卒業。翌年西日本新聞政治部記者となるが、二・一ゼネスト参加を理由に解雇される[2]。1948年(昭和23年)京都府職員となり労働組合活動を始め、翌年には京都府職員労働組合書記長に就任した[3]。1952年には日本共産党へ入党すると共に府職員労働組合書記長となる。1974年の参院選で全国区から出馬し初当選を果たす。以後京都府選挙区に鞍替えし3選。1992年西山登紀子に地盤を譲り引退を表明する。議員在職中は参院国対委員長などを務めた。
1999年1月8日、胃がんのため京都市内の病院で死去。74歳。
国政選挙歴
- 1971年 第9回参議院議員通常選挙 京都府地方区 次点落選[4]
- 1974年 第10回参議院議員通常選挙 全国区 当選[5]
- 1980年 第12回参議院議員通常選挙 京都府地方区 当選[6]
- 1986年 第14回参議院議員通常選挙 京都府選挙区 当選[6]