長島銀蔵
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現在の静岡県富士宮市出身[3]。長島化学製品所を経営し[4]、清水栄寿座、長島商事、横浜瓦斯化学工業の各社長[3][4]、日本海獣化学工業代表取締役[4]、清水商工会議所議員などを務めた[4]。
1946年(昭和21年)5月、静岡県多額納税者として貴族院多額納税者議員に互選され[3][4]、同月18日に就任し[5][6]研究会に所属した[4]。翌1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在籍した[4]。同年4月に行われた第1回参議院議員通常選挙において、静岡地方区から無所属で立候補したが落選した[7]。1948年(昭和23年)4月、日本遺族厚生連盟(現在の日本遺族会)の会長に就任[8]。1950年(昭和25年)の第2回通常選挙で全国区から自由党公認で立候補して初当選[9]。参議院では在外同胞引揚問題に関する特別委員長に就任した[4]。1956年(昭和31年)の第4回通常選挙(全国区、自由民主党)では落選した[10]。1972年(昭和47年)勲三等旭日中綬章を受章した[3]。1984年9月8日死去、82歳。死没日をもって正五位に叙される[1]。
