新木章

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生誕
新木 章

(1947-10-16) 1947年10月16日(78歳)
失踪 1977年失踪(29歳)
失踪から48年6か月と8日
日本の旗 日本 埼玉県川口市
国籍 日本の旗 日本
職業 銀行員
あらき あきら
新木 章
生誕
新木 章

(1947-10-16) 1947年10月16日(78歳)
失踪 1977年失踪(29歳)
失踪から48年6か月と8日
日本の旗 日本 埼玉県川口市
国籍 日本の旗 日本
職業 銀行員
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新木 章(あらき あきら、1947年昭和22年〉10月16日 - )は、埼玉県出身の特定失踪者[1][2]特定失踪者問題調査会では「拉致濃厚」(1000番台リスト)としている[3]1977年(昭和42年)5月、埼玉県川口市にて失踪した[1][2][4]。失踪当時、29歳であった[1][2][4]

1947年(昭和22年)10月16日生まれ[1][2]銀行に勤務しており、当時はオンライン化の仕事を担当していた[4]

1977年(昭和52年)5月21日、午後1時ころ、母親に「買い物に行ってくる。午後6時か7時ころに帰る。」と言って川口市栄町の自宅を出たまま行方不明となっている[1][2][4]。家を出たときは財布しか持っていない[1][2][4]。財布には運転免許証クレジットカードが入っていたが、免許更新はなされておらず、カードは使われていない[1]。失踪時の年齢は29歳[1][2][4]。中肉中背で身長は165センチメートルほど、眼鏡を使用していた[1][2]

特定失踪者問題調査会は2004年平成16年)1月29日埼玉県警察告発状を提出した[1]

キューポラのある街』として知られる埼玉県川口市周辺は拉致被害者や特定失踪者の多い地域である[5][注釈 1]。時期的には若干ずれがあるものの、自宅、出身高校、勤務地などの点で政府認定の拉致被害者[6]田口八重子と重なるところが多いと指摘されている[4][注釈 2]

参照

参考文献

関連項目

外部リンク

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