坂本とし子

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生誕 坂本 とし子
(1942-11-22) 1942年11月22日(83歳)
日本の旗 日本 東京都北区
失踪 1965年失踪(22歳)
失踪から60年9か月と7日
日本の旗 日本 東京都北区
国籍 日本の旗 日本
職業 自営業(浴場業)手伝い
さかもと としこ
坂本 とし子
生誕 坂本 とし子
(1942-11-22) 1942年11月22日(83歳)
日本の旗 日本 東京都北区
失踪 1965年失踪(22歳)
失踪から60年9か月と7日
日本の旗 日本 東京都北区
国籍 日本の旗 日本
職業 自営業(浴場業)手伝い
家族 (姉)葉子
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坂本 とし子(さかもと としこ、1942年昭和17年〉11月22日 - )は、東京都出身の特定失踪者[1][2]特定失踪者問題調査会では「拉致濃厚」(1000番台リスト)としている[3]1965年(昭和40年)6月、東京都北区にて失踪した[1][2]。失踪当時、22歳であった[1][2]。彼女については、脱北者咸鏡北道の山間地で目撃したという証言がある[4][注釈 1]

1942年(昭和17年)11月22日生まれ、東京都北区出身[1][2]。身長は155センチメートルくらいであった[1][2][注釈 2]。実家は浴場業を営み、北区東十条千葉県に店があったので2軒の店を行ったり来たりして家業を手伝っていた[1]。明るく、活発な性格だったという。

1965年(昭和40年)6月9日、自宅から20分くらいの和裁編み物)教室に行くと言って普段と同じように北区の実家を出たまま失踪した[1][2][4][5][注釈 3]。失踪当時、彼女は22歳であった[1][2]見合いの話がまとまり、この年の秋には結婚という状況にあり、本人も嬉しそうにしていたという[4]。それ以外も含めて彼女が自ら失踪理由は見当たらない[4]。しかし家族は、彼女から何の連絡もないため、彼女は亡くなったものと思っていたという。

特定失踪者問題調査会2004年平成16年)9月28日警視庁告発状を提出した[1]。警視庁が告発を受理したのは同年11月10日である[2]

目撃証言

彼女については、上述の目撃証言のほか、脱北した北朝鮮女性による「明確ではないが1993年頃に政治大学で見たことがあるような気がする」との証言がある[5]。また、脱北者ホ・ガンイルが2002年頃の数カ月から半年の間、平壌市牡丹峰区域の日本商品を扱う外貨商店で彼女に似た女性を目撃したと証言した[5]

参照

参考文献

関連項目

外部リンク

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