勇者のみ (1965年の映画)
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 奥田喜久丸
- フランク・シナトラ
- ウィリアム・ダニエルス
| 勇者のみ | |
|---|---|
| None But the Brave | |
|
ポスター | |
| 監督 | フランク・シナトラ |
| 脚本 | 須崎勝弥、ジョン・ツウィスト |
| 製作 |
|
| 出演者 | |
| 音楽 |
|
| 撮影 | ハロルド・リプシュタイン |
| 編集 | サム・オスティーン |
| 制作会社 | |
| 製作会社 | |
| 配給 | |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 100分 |
| 製作国 |
|
| 言語 |
英語 日本語 |
| 製作費 | 360万ドル |
『勇者のみ』(ゆうしゃのみ、英語題:None But the Brave)は、1965年に公開された、日米合作による映画[1][2]。日本での公開日は1965年(昭和40年)1月15日[出典 1]。制作は東京映画とシナトラ・エンタープライズ[出典 2]。配給は日本側が東宝[出典 3]、アメリカ側がワーナー・ブラザース[7]。
制作費は360万ドル[7]。カラー、東宝スコープ[8][5](シネマスコープ[9])。上映時間は100分[出典 4]。日本における同時上映は『喜劇 駅前医院』である。
太平洋戦争中の南の孤島を舞台に、日米の兵士に芽生えた友情を描く戦争映画[1]。本作品はフランク・シナトラにとっては主演ばかりでなく、初めて映画監督として映画の演出を務めた作品である。制作費はワーナーが負担した[7]。
キャスト
アメリカ側
- マローニー[9](マローニ[7]):フランク・シナトラ
- デニス大尉[9](空軍大尉デニス[7]):クリント・ウォーカー
- ブレア少尉[9](海兵隊少尉ブレアー[7]):トミー・サンズ
- ケラー無線士[9](空軍無線士ケラー[7]):トニー・ビル
- クラドック伍長[9][注釈 1]:サミイ・ジャクソン
- ブレーカー軍曹[9](海兵隊軍曹ブレーカー[7]):ブラッド・デクスター
- ルフィーノ伍長[9]:リチャード・バカリアン
- ルース一等兵[9]:リチャード・シナトラ
- ジョンソン一等兵[9]:ラフィア・ジョンソン
- シアシイ一等兵[9]:クリストファー・ダーク
- マギー一等兵[9]:フィル・クロスビー
- ホクシー一等兵[9]:ドン・ドリル
- スエンショルム一等兵[9]:ロジャー・エウイン
- デクスター一等兵[9]:ジミー・グリフイン
- ワラー一等兵[9]:ハワード・ヤング
- デニス大尉の恋人[3]:ラレイン・スティーブンス
日本側
スタッフ
- 製作:奥田喜久丸[3][5]、ハワード・カッツ[9][5][注釈 2]、フランク・シナトラ[9]
- 原案:奥田喜久丸[3][5]
- 監督:フランク・シナトラ[出典 5]
- 協力監督:井上和男[3][5]
- 脚本:須崎勝弥[出典 5]、ジョン・ツウィスト[出典 5]
- 撮影:ウィリアム・ダニエルス[3]
- 撮影監督:ハロルド・リプスタン[9][注釈 3]
- 特技監督:円谷英二[出典 5]
- 特殊技術:東宝特殊技術部[7]
- 美術:大下晴義[3]、レロイ・ディーン[9]
- 録音:スタンリー・ジョーンズ[3]
- 音楽監督:モーリス・ストロフ[出典 6][注釈 4]
- 照明:ビクター・ジョンソン[9][注釈 5]
- 編集:サム・オースチン[9]
- 選曲:広瀬健次郎[9][注釈 6]
- 作曲:ジョン・ウィリアムズ[9][注釈 6]
特撮
孤島の全景、戦闘機の空戦、墜落する米軍機、大暴風雨などの特撮シーンは、円谷英二率いる東宝特撮スタッフが担当した[出典 8]。シナトラは、本作品の打ち合わせで東宝本社を訪れた際に『世界大戦争』(1961年)の試写を観て円谷に依頼することを決めたという[10]。円谷はハワイロケにも参加したのち、ハリウッドで資料収集も行っており、日本とは異なる南海の葉や土の色を再現するために現地で比較用の撮影を行い葉や土の現物も持ち帰っている[10]。
特撮班の撮影は1964年5月に開始されたが、6月からは同年夏公開の『宇宙大怪獣ドゴラ』の撮影が入ったため一時中断し、8月5日に再開したのち同月20日にクランクアップした[10]。
大津波の撮影は、特撮ステージに作った海岸線の巨大なミニチュアへ向けてスロープから大量の水を流すという一発勝負の手法がとられた[出典 9]。