鈴木武蔵

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愛称 ムサくん、むっちゃん
カタカナ スズキ ムサシ
ラテン文字 SUZUKI Musashi
鈴木 武蔵
名前
愛称 ムサくん、むっちゃん
カタカナ スズキ ムサシ
ラテン文字 SUZUKI Musashi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
ジャマイカの旗 ジャマイカ
生年月日 (1994-02-11) 1994年2月11日(31歳)
出身地 日本の旗 日本群馬県太田市
ジャマイカの旗 ジャマイカモンテゴ・ベイ生まれ)
身長 186 cm
体重 74 kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 栃木シティ
ポジション FW
背番号 9
利き足 右足
ユース
2009-2011 日本の旗 桐生第一高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2017 日本の旗 アルビレックス新潟 97 (7)
2014-2015 日本の旗 Jリーグ・アンダー22選抜 3 (0)
2015 日本の旗 水戸ホーリーホックloan 6 (2)
2017 日本の旗 松本山雅FC(loan) 9 (0)
2018 日本の旗 V・ファーレン長崎 29 (11)
2019-2020 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌 37 (18)
2020-2022 ベルギーの旗 KベールスホットVA 51 (7)
2022-2024 日本の旗 ガンバ大阪 29 (2)
2024 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌(loan) 32 (6)
2025 日本の旗 横浜FC 22 (2)
2026- 日本の旗 栃木シティ
代表歴2
2011  日本 U-17 4 (0)
2016  日本 U-23 2 (1)
2019-2020  日本 9 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月22日現在。
2. 2020年11月17日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鈴木 武蔵(すずき むさし、1994年2月11日 - )は、ジャマイカモンテゴ・ベイ生まれ[1]群馬県太田市出身のプロサッカー選手Jリーグ栃木シティ所属。ポジションはフォワード(FW)。元日本代表

ジャマイカ人の父と日本人の母を持つ[1]。血液型B型[2]。既婚。NPO法人Hokkaido Dream代表理事[3]

プロ入り前

中学時代はFCおおたジュニアユースの初代団員として活躍。

桐生第一高等学校に進学後、あまりに荒削りなプレーを見かねた総監督の小林勉から徹底的な基礎練習を命じられ、1年生の頃は全く公式戦に出場しなかった[1]

2011年末、第90回全国高等学校サッカー選手権大会群馬県大会決勝で5連覇中だった前橋育英高等学校を下し、全国大会に出場。初戦島根県立大社高等学校戦でハットトリックを達成するなど、初出場ながらベスト8まで進出したチームの躍進を支え、大会優秀選手に選出された。

アルビレックス新潟

2012年アルビレックス新潟に入団。リーグ開幕直前に右膝半月板を損傷し出遅れたものの[4]4月4日ヤマザキナビスコカップ清水エスパルス戦で公式戦デビュー。グループリーグ最終節大宮アルディージャ戦では、0-3からの逆転劇を締めくくる決勝ゴールを決め、公式戦初得点を記録した[5]2013年、開幕直後に左足関節を捻挫し[6]、約2ヶ月間の離脱を余儀なくされたが、復帰初戦となったJ1第13節川崎フロンターレ戦でリーグ戦初得点を記録した。2015年からは背番号を19に変更したものの、なかなか結果を出せず8月3日水戸ホーリーホックへの期限付き移籍が発表された[7]

翌2016年、新潟に復帰。2017年は矢野貴章の新潟復帰により、背番号19を譲り49に変更[8]8月17日松本山雅FCへ期限付き移籍が発表されたが[9]、スタメンには定着できず9試合無得点に終わった。

V・ファーレン長崎

2018年よりV・ファーレン長崎へ完全移籍[10]。9月15日、J1第26節・対名古屋グランパス戦でプロ入り後リーグ戦初ハットトリックを達成した[11]。チームは最下位となりJ1残留とはならなかったが、リーグ戦通算で11得点とプロ入り後自身初の2ケタ得点を達成した。

北海道コンサドーレ札幌

2019年より北海道コンサドーレ札幌へ完全移籍[12]。3月2日、第2節の浦和レッズ戦で移籍後初得点を含む2得点を決めて勝利に貢献した[13]。さらに、ホーム開幕戦となる第3節清水エスパルス戦でも先制点とPKを獲得して勝利した。この活躍が認められ、3月14日には日本代表に初選出された。この年はリーグ戦通算で13得点を決め、2年連続となる2桁得点を達成した。また、ルヴァンカップではチームの準優勝に貢献し、自身は7得点を決め大会得点王となった[14]

KベールスホットVA

2020年8月18日ベルギー1部KベールスホットVAへの完全移籍が発表された[15]。8月30日、第4節のスタンダール・リエージュ戦でベルギーデビューを果たした[16]。背番号は10。9月18日、第6節のシャルルロワSC戦で移籍後初ゴールを決めた[17]。10月31日、第11節のOHルーヴェン戦では2試合連続得点を決めて勝利に貢献した[18]

2021-2022シーズンは得点力不足と最下位に沈むチームの中で自身の得点数が伸びないシーズンを送っている[19]。背番号10を着用したが、25試合出場1得点で不振に終わり、チームも2部リーグに降格した。

ガンバ大阪

2022年6月30日、J1のガンバ大阪に完全移籍加入することが発表された。チームは残留争いで低迷していた中、公式戦得点はリーグ戦1得点に留まった。

2023年も残留争いをする低迷したチームで活躍はなく、この年も公式戦得点はリーグ戦1点に留まる。これにより3年連続で全公式戦通算で得点が1点に留まった。

北海道コンサドーレ札幌(第2次)

2024年、古巣・J1の北海道コンサドーレ札幌に期限付き移籍で加入した[20]。リーグ戦の初ゴールは第24節と得点は伸びず、チームは下位に低迷しJ2降格となった。

横浜FC

2025年、横浜FCに完全移籍で加入した[21]

栃木シティ

2026年1月4日、栃木シティに完全移籍で加入した[22]

日本代表

2010年桐生第一高校サッカー部監督・小林勉の「面白いやつがいるから見てみてよ」という進言により[1]吉武博文率いるU-16日本代表に選出され、国際ユースサッカーin新潟に出場。それまでは無名の選手であったにも関わらず、3試合で3得点を挙げる大活躍を見せ、一躍注目を浴びた[23]

2011年FIFA U-17ワールドカップ直前のスロバキア遠征で肋骨2本と腰椎を骨折する大怪我を負ったが[24]、本大会を戦うU-17日本代表に選出され、計4試合に出場。得点こそなかったものの、爆発的なスピードで対戦国の選手を圧倒し[1]、自国開催だった1993年大会以来となる18年ぶりのベスト8進出に貢献した。 2012年、U-19日本代表に選出され、AFC U-22アジアカップ予選に参加。第1戦マカオ戦でハットトリックを達成し勝利に貢献したが、この試合で左足関節脱臼骨折の重傷を負い全治4ヶ月と診断され[25]、残りシーズンの大半を棒に振った。

2013年U-20日本代表の一員として参加した第6回東アジア競技大会では、3試合3得点の活躍で日本の銅メダル獲得に貢献した。

2016年、リオ五輪最終予選兼AFC U-23選手権2016のメンバーに選出。グループリーグ第2戦のU-23タイ代表戦では決勝トーナメント進出を決める貴重な先制点を挙げた。7月3日、リオデジャネイロオリンピックのメンバーである久保裕也がクラブとの兼ね合いで代表を辞退して、バックアップメンバーの鈴木が追加招集された[26]。初戦のナイジェリア戦では途中出場で得点を挙げた[27]。2試合1得点と結果を残したが、チームはグループリーグ敗退となった。

2019年、クラブでのリーグ戦開幕3試合3得点の活躍が評価され日本代表に初選出される。北海道コンサドーレ札幌所属の選手としてA代表に選出されたのは1999年吉原宏太以来2人目[28]。3月22日のコロンビア戦で先発起用され、代表初出場を果たした。同年6月にも代表に招集されるもリーグ戦で内転筋を負傷し代表を辞退している[29][30]。12月にはEAFF E-1サッカー選手権2019のメンバーに選出され[31]、初戦の中国戦にてA代表初得点を決めた[32]

人物・エピソード

  • 『武蔵』という名前は、鈴木の母が「武士のように強く生きてほしい」という思いから名付けたもので、鈴木本人も「一番好きですし格好いい」と気に入っている[24][33]
  • 高校生の時点で50m走のタイムは5秒9だった[33]。また体力測定で垂直跳びを行った際は、測定機器の限界値である90cmをオーバーし測定不能となった[33]
  • V・ファーレン長崎に所属していたとき、同クラブの髙田明元社長(元ジャパネットたかた社長)のモノマネをして話題になった。本人の公認を受けているらしく、北海道コンサドーレ札幌に移籍後も度々披露している。
  • 2021年2月『ムサシと武蔵』を出版。群馬では小学生の時から、クラスメイトや大人からいじめを受けてきたことを明かした。所属していたサッカー少年団では「汚いからパス出すな」といじめを受けた事があり、ハーフであることがコンプレックスだったという。「鏡に映る自分を見るのが嫌だったし、『なんで自分だけ肌の色が違うの?』といつも悩んでいました。『白くなりたい』『周りと同じ色になりたい』と思っていて、おばあちゃんの化粧台の引き出しにあったシッカロール(ベビーパウダー)を全身に塗りたくって、肌を白くしようともしました。でも、シャワーを浴びればみるみるうちに元の色に戻ってしまう。それが本当に悲しかった。何度もやればいずれは白くなるんじゃないかと思ったけど、結局は変わらなかった」白く濁って流れる水、鏡に映る元の自分の姿を見るとより悲しみは大きくなった。学校から泣きながら帰っても、母に見られないように玄関で涙を拭ってから帰宅していた[34]。「何を言われても明るく振る舞い、優等生になれば、誰も僕の悪口を言わなくなる。自分の感情は消して、周囲と調和するしか道はないと思い、『明るくて良い子』を演じるようになりました。中学の時には学級委員長に立候補するなど、周りと軋轢(あつれき)を生まないようにすることばかり考えていました」と話した[35]
  • 試合で活躍できないと、SNSなどに「ジャマイカで代表をやれ」「あの見た目で日本代表なんて」と差別的な言葉を書き込まれた[34]
  • 「いじめや差別はする側が100パーセント悪い、でも完全に無くなることはない」と話した[34]
  • 2024年4月ごろに父を亡くしている[36]
  • 2024年シーズン、チームは残留争いで低迷し、自身はリーグ戦では無得点が続いた。試合中の暗い表情に加えて「自分一人でどうにかする」と話しており[37]、メンタル面を心配する声もあがる中、クラブOBの吉原宏太は「今年に懸ける思いはよく分かるが、観ていて表情に余裕がない。中盤でボールを追う姿勢はいいが、そこでパワーを使い、シュートの時の余力がなくなっている。「点を取ればいいんでしょ」と中盤は仲間に任せ、ゴール前だけ仕事するくらいの気持ちでやっていいと思う。能力は間違いなく日本トップクラスだから。武蔵がもうひと花咲かせて厳しい今季を乗り切れたら、クラブとしてもステップアップできる」と話した[38]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012新潟28J1904100131
20131522010182
20142936323379
20151913120-151
水戸40J262-3193
2016新潟19J11401130181
2017491715020241
松本50J290-0090
2018長崎11J1291100213112
2019札幌9331367003920
20204511-56
ベルギー リーグ戦 リーグ杯ベルギー杯 期間通算
2020-21ベールスホット10ジュピラー266-10276
2021-22251-10261
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2022G大阪45J191--91
202392014000241
2024札幌73262100347
2025横浜FC2223100253
通算日本J1 24646361510429265
日本J2 152-31183
ベルギージュピラー 517-20537
総通算 31255351515536275

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2014J-22-J31010
20152020
通算日本J3 3030
総通算 3030

出場・得点記録

タイトル

クラブ

桐生第一高等学校

代表

U-23日本代表

個人

  • 全国高等学校サッカー選手権大会 優秀選手(2011年)
  • Jリーグカップ・得点王(2019年)

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 9試合 1得点(2019年 - 2020年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201971
202020
通算 91

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2019年3月22日日本の旗 横浜日産スタジアムコロンビアの旗 コロンビア●0-1森保一キリンチャレンジカップ2019
2. 2019年3月26日日本の旗 神戸ノエビアスタジアム神戸ボリビアの旗 ボリビア○1-0
3. 2019年9月10日ミャンマーの旗 ヤンゴントゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ミャンマー○2-02022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選
4. 2019年11月14日キルギスの旗 ビシュケクドレン・オムルザコフ・スタジアムキルギスの旗 キルギス○2-0
5. 2019年11月19日日本の旗 吹田パナソニックスタジアム吹田ベネズエラの旗 ベネズエラ●1-4キリンチャレンジカップ2019
6. 2019年12月10日大韓民国の旗 釜山九徳総合運動場中華人民共和国の旗 中国○2-1EAFF E-1サッカー選手権2019
7. 2019年12月18日釜山アジアド主競技場大韓民国の旗 韓国●0-1
8. 2020年10月13日オランダの旗 ユトレヒトスタディオン・ハルヘンワールトコートジボワールの旗 コートジボワール○1-0国際親善試合
9. 2020年11月17日オーストリアの旗 グラーツメルクーア・アレーナメキシコの旗 メキシコ●0-2

ゴール

#開催年月日開催地 スタジアム対戦国勝敗試合概要
1.2019年12月10日大韓民国の旗 釜山 九徳総合運動場中華人民共和国の旗 中国○2-1EAFF E-1サッカー選手権2019

著書

脚注

関連項目

外部リンク

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