1979年6月、江西省歴史博物館は南昌市内の陽明路中段南側の三国呉初期の墓葬を発掘した。墓室内の前室と後室に朱漆の棺が3つあり、前室の棺が男性、後室の2つの棺が女性のものであった。おそらく一夫二妻合葬墓であろう。副葬品は陶器・青磁器・漆器・竹木器・金属器など100件以上にのぼる。
出土した簡牘は2種類で、
- 名刺類:木製の刺21枚。一方の女性の棺からまとめて出土した。内容は「弟子高榮再拜、問起居、沛國相、字萬綬」。
- 遣策類:木牘2枚。2人の女性の棺からそれぞれ1枚ずつ出土した。木牘には両面に副葬された衣類と身の回りの品を記録してある。名刺を出土した棺内の木牘の文字は比較的はっきりしているが、もう一方の木牘は字跡が不明瞭である。これらの副葬品のリストの中には「書刀一枚、研一枚、筆三枚、書□一枚、□□一枚、□□册枚、□具一枚、官紙百枚」と書写用具に関しての記録があり、実際には石硯や円柱形の墨などが出土している。リストの最後には「大凡百十枚、皆高榮許」と記されている。
名刺と遣策によって、墓主の姓名は高栄、字は万綬、沛国相県出身の人であることがわかる。その下葬年代はおよそ232年から238年のあいだと考えられる。