アンドレア・デ・アダミッチ
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| アンドレア・デ・アダミッチ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| フルネーム | アンドレア・ロドヴィコ・デ・アダミッチ |
| 国籍 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 | 1941年10月3日 |
| 没年月日 |
2025年11月5日(84歳没) |
| F1での経歴 | |
| 活動時期 | 1968,1970-1973 |
| 所属チーム |
'68 フェラーリ '70 マクラーレン '71 マーチ '72,'73 サーティース '73 ブラバム |
| 出走回数 | 36 (30スタート) |
| 優勝回数 | 0 |
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 |
| 通算獲得ポイント | 6 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 0 |
| 初戦 | 1968年南アフリカGP |
| 最終戦 | 1973年イギリスGP |
アンドレア・ロドヴィコ・デ・アダミッチ(Andrea Lodovico de Adamich[1], 1941年10月3日 - 2025年11月5日以前)は、イタリア・トリエステ出身の元レーシングドライバーである。1968年1月1日にF1世界選手権にデビュー、36戦に出走して6ポイントを獲得した。
F1界では数少ない眼鏡着用者。


1965年にイタリアF3チャンピオンに輝く。同じ年にアルファロメオのワークスチーム、アウトデルタに加入。1966年にヨーロッパツーリングカー選手権チャンピオンを獲得。1968年、南アフリカGPにフェラーリからF1デビューするがオイルにのってスピンしてリタイヤする。この年はフルシーズン参戦が予定されていたが、非選手権レース「レース・オブ・チャンピオンズ」の予選中の事故で首を負傷[2]したため南アフリカGPのみの出走になった。シーズン後半に行われたアメリカF2トーナメントで優勝する。
1969年にアウトデルタに再加入、1970年にアルファロメオ・V8エンジンを搭載したマクラーレンでF1に復帰。翌1971年は同じくアルファロメオのエンジンを載せたマーチからフル参戦する。
1972年、デ・アダミッチはスポンサーを持ち込んでサーティースに加入。ハラマ・サーキットで行われたスペインGPで4位。翌1973年スポンサー込みでブラバムに移籍。ベルギーGPで4位入賞するが、イギリスGPの2周目にジョディー・シェクターが引き起こした多重事故に巻き込まれ、左足、右足首の骨を折る重傷を負い[3](この事故ではアダミッチのみが負傷した[3])、デ・アダミッチのF1キャリアは終わりを告げた。1974年限りで引退後はイタリアでモータースポーツジャーナリスト[4]、解説者やイタリア・1のスポーツ番組『Grand Prix』のコメンテーターとして活動[5]、アルファロメオのレースカーを製造するN.テクノロジーの副社長も務める。
2025年11月5日までにヴァラーノ・デ・メレガーリで死去。84歳没[6][5][4]。
戦績
F1世界選手権
| 年 | 所属チーム | シャシー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1968年 | フェラーリ | 312/67 | RSA Ret |
ESP | MON | BEL | NED | FRA | GBR | GER | ITA | CAN | USA | MEX | NC (40位) |
0 | |||
| 1970年 | マクラーレン | M7D | RSA | ESP DNQ |
MON DNQ |
BEL | FRA NC |
GBR DNS |
NC (28位) |
0 | |||||||||
| M14D | NED DNQ |
GER DNQ |
AUT 12 |
ITA 8 |
CAN Ret |
USA DNQ |
MEX | ||||||||||||
| 1971年 | マーチ | 711 | RSA 13 |
ESP Ret |
MON | NED | FRA Ret |
GBR NC |
GER Ret |
AUT | ITA Ret |
CAN | USA 11 |
NC (30位) |
0 | ||||
| 1972年 | サーティース | TS9B | ARG Ret |
RSA NC |
ESP 4 |
MON 7 |
BEL Ret |
FRA 14 |
GBR Ret |
GER 13 |
AUT 14 |
ITA Ret |
CAN Ret |
USA Ret |
17位 | 3 | |||
| 1973年 | ARG | BRA | RSA 8 |
16位 | 3 | ||||||||||||||
| ブラバム | BT37 | ESP Ret |
BEL 4 |
MON 7 |
SWE | FRA Ret |
|||||||||||||
| BT42 | GBR Ret |
NED | GER | AUT | ITA | CAN | USA |
ル・マン24時間
| 年 | チーム | No | コ・ドライバー | 車両 | クラス | 周回 | 順位 | クラス 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1970 | 36 | アルファロメオ・T33/3 | P3.0 | 222周 | DNF | DNF | ||
| 1972 | 18 | P3.0 | 307周 | 4位 | 4位 |