ディース (北欧神話)
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北欧神話におけるディース(古ノルド語: dís : [ˈdiːs]、「ご婦人(lady)」の意、複数形ディーシル古ノルド語: dísir)とは運命に関係する女性の神、幽霊、あるいは魂であり、人間に対して好意的にも敵対的にもなり得る存在である。ディースは氏族の守護霊として行動することもある。これは彼らの本来の役割が私的あるいは公的なディース犠牲祭(dísablót)[note 1][1]と呼ばれる崇拝の対象だった豊穣の女神のそれであるからで、ディースに対する崇敬は死者の霊への畏敬の念から派生した可能性がある[2] 。ディースはヴァルキュリャやノルン、そしてヴェーッティル(vættir)などと同様に現存する文献では常にひとまとめに言及される[1][3] 。北ゲルマン語群の dísir と西ゲルマン語族の Idisi は言語的および神話的な類似性から関連があると確信する研究者もいるが[4]、アングロ・サクソンと大陸のゲルマン神話の直接的な証拠は限られる。北欧の原典においてディースはフュルギャ、ヴァルキュリャ、そしてノルンと似た役割を果たしているため、ディースは他の存在を含む広義語とする研究者もいる[2]。
研究者たちはディースという単語の基本的意味は「女神」であると主張する[5]。
これは通常インド=ヨーロッパ語の語根で「吸う、乳を飲む」を意味する *dhēi- や dhīśana の語形から派生したといわれる[6]。
研究者はディースを西ゲルマン語のイディス(Idis)と関連づけている[4]。語頭の i- は古ノルド語、あるいはノルド祖語の早い段階で失われたとみられる。ヤーコプ・グリムは「フンディング殺しのヘルギの歌II」(52節)の “dís Skjöldunga” [note 2]が「ペーオウルフ」の “ides Scildinga” [note 3](1168行目)と一致していると指摘している[7]。またグリムはイドゥンに単語の元の形が反映されていると述べている[8]。しかしながら戦いの魔法として作用する「メルゼブルクの呪文1」を除き、イディスは「ご婦人」、ときには「乙女」という意味のみで使われる[9][10]。一部の学者はこれらの単語が直接関連しているとは考えていないが、その類似性は明らかに古ノルド語における用法に影響を与えた[11]。
他の学者はイディス、ディース、ヴァリキュリャ、シーゲウィーフ(sīgewīf、アングロ・サクソンにおいて蜂の群れと関連づけられる勝利の女性)などの戦いに関連する女神や精霊全てをグループ化しているが、言語的な観点においても、また現存する神話と魔法の呪文においても共通点があることから、さまざまなゲルマン文化におけるこれらの主題をまとめるのは十分な意味がある[4]。
エッダよりも古い時代から残っているこれらの、またその他の文化の物語から、不確実な推測を交えることなしにキリスト教化以前の神話を明確に構成するのは困難である。しかしながら、ゲルマン諸語はデンマークあるいはユトランド付近でインド・ヨーロッパ語族と最初の接触以来、南方向ではなく北方向に発展したようである[12]。H.デイヴィッドソンはアイスランドのサガが最初に記録されたころまでに、神話の北方への発展と共にその中でのゲルマン祖語の概念の要素が変化したり組み合わされたりしたと言及する[4]。
ルドルフ・ジメックによれば、一般的に古ノルド語の dís は古高ドイツ語の itis 、古ザクセン語の idis 、古英語の ides のように単に「女性」を意味する用語だが、この語はある種の女神を示すのに使われた可能性もある。ジメックによれば「エッダの資料のいくつかから disir が死者を守護するヴァルキュリャのような者であったという結論を導き出させるかもしれない。実際「グズルーンの歌 I 」では19人のヴァリキュリャがヘリャンのディースたち(Herjans disir「オーディンのディースたち」)と呼ばれている。「グリーンランドのアトリの詩」の28節ではとりわけ死んだ女性がディースと呼ばれている。ディースが死んだ女性の魂(フュルギャを見よ)であるという二次的な信仰も、アイスランドの民間伝承のランドディーシルが根底にある[13]」。
ディース犠牲祭
詳細はディース犠牲祭を参照。
第一に、ディースを讃える犠牲祭(ブロート)であるディース犠牲祭(Dísablót)は、「ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ(以下「ヘルヴォルのサガ」)の異聞のひとつと、「殺しのグルームのサガ」、「エギルのサガ」、そして「ヘイムスクリングラ」で触れられている[14]。「殺しのグルームのサガ」では冬入りの三カ日 [note 4](vetrnætr)に行われた[15]。
「ヘルヴォルのサガ」でもディース犠牲祭は秋に行われ、アールヴヘイムのアールヴ王の娘が執り行う。彼女はホルグを生贄の血で赤く染め、誘拐された後に神トールに救出される。ジョン・リンドウは表面上この文章が神話的な規範を人間の行動として描いたものであると主張する[16]。スカンディナヴィア西部では、ディース犠牲祭は私的な儀式として登場する。「殺しのグルームのサガ」ではより大規模な集まりであるが、それすら家族と友人のためのものである[17]。
対照的に「ヘイムスクリングラ」の「オーラヴ聖王のサガ」ではの間ゴーイ月[18]、すなわち1月の終わりから2月の初めの間に催され、それに伴って開かれたスヴェーアのティングあるいはディーサティング(Dísaþing)[note 5]として知られるシングと年祭が開かれた。キリスト教が伝来すると、シングと市(いち)は1月に始まるキリスト教の祝祭へ変容した。
スウェーデンではまだ異教であった時代には、ゴーイの月(二月中旬から三月中旬)にウプサラで主供儀祭がおこなわれるのが古くからの習わしだった。そのときには平和と王の勝利のために供儀がなされた。そしてスヴェアランド全土から人が集められた。その際はウプサラで全スヴェアランドの民会がおこなわれることになっていた。そこではまた市が開かれ、その市は一週間つづいた。スウェーデンがキリスト教化してからも、一般民会と市はウプサラで開催された。しかしキリスト教が全スウェーデンに受け入れられたいま、国王はウプサラに住まなくなり、市場にかわって聖燭祭がおこなわれるようになった。聖燭祭は以来ずっと継続しておこなわれているが、いまでは三日間しか開催されない。ここではスヴェア人民会が開かれ、ここには全土から人が集まってくる。
ディーサシング(Dísaþing、こんにちのDisting)という名称は使われ続け、この祭りは2月の第一火曜日にウプサラで開催される。これはスウェーデン最古の祭のひとつかもしれない[21]。
ウプサラのディース犠牲祭の目的は平和と勝利のために犠牲をささげることだとされている。ノルウェーで Disin と呼ばれる場所は、古ノルド語で「ディースの牧草地」を意味する Dísavin に由来し、この語がインド語の dhīsanas(祭儀)と関連する可能性があることから、一部の研究者はディースが豊穣の神だったと推測している[22]。
ディースの館、あるいは聖所についての言及は2カ所あり、ハーランダーは dísarsálr を「女神の広間」と翻訳する[note 6]。『ヘイムスクリングラ』の「ユングリンガ・サガ」では スウェーデン王のアジルス(Aðils)がディース犠牲祭のころにディースの館の周りを馬に乗って歩いたところ投げ出されて自身の頭を岩に叩きつけた。これはおそらく儀式的な殺害だったであろう[23]。「ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ」でもへルガが父を夫であるヘイズレクの手で殺害されたことに激怒し、神殿で首を吊る[24]。
「スノッリのエッダ」でスノッリ・ストゥルルソンはディースについて言及しないが、フレイヤの名前としてヴァナディース(Vanadís、ヴァン神族のディース)を、スカジの名前としてオンドゥル・ディース(öndurdís、スキーのディース)を挙げている[25]。スノッリはいずれの場合も dís を使った複合語を Vanagoð(ヴァンの神)öndurgoð(スキーの神) のような goð「神」の複合語の後に記している。ロッテ・モッツはディースはもとは古ノルド語で「女神」に用いられる語だったものが、のちに単に女性のアース神族を表すアース女神(ásynja)に取って代わられたと主張している[26]。
信仰とその他の女性的存在
多くのテキストで、ディースはその他の女性的存在と同一視されたり、同じ役割を果たしているように見える。
「シズランディとソールハルの話」[note 7]では、若いシズランディが黒い馬に騎乗した黒衣のディースたちに殺害される。白馬に騎乗した白衣のディースの一団は彼を救うことができなかった。2つのグループは異教とキリスト教の間の闘争を表している。善良なディースたちはここでは家族に関連する守護する霊としてふるまい、予言者のソールハルは彼らをフュルギャとして説明する。ディースは「ハールヴのサガ」での詩のやりとりの中で守護のフュルギャのように言及される。ウートステイン(Útsteinn)はデンマーク王エインステインの宮廷でウールヴ(Úlfr)と口論するが、「我らのディース」が武装してデンマークに来たと信じているという。それに答えてウールヴはウートステインとその部下は死に、運は尽きたと思うという[27]。
「フンディング殺しヘルギの歌I」ではフンディング殺しのヘルギが初めてヴァルキュリャのシグルーンに会ったとき、この詩では彼女を「南のディース」[note 8]と呼ぶ。ヘンリー・アダムズ・ベロウズ はこれは単に「南の乙女」と翻訳した[28]。
またディースはノルンと同一視されるか、またはノルンのような役割を演じる。これらは非常に古い印象があるが現存する最古の文書の時代までにその重要性が薄れ、ディースという言葉は明確な意味をほとんど失ってしまった[29]。
その結果、一部の研究者は ディーシル(dísir)が、本来はヴァルキュリャ(文字通り「戦死者を選ぶ者」を指す用語)で、同様にヴァリキュリャがディース(dís)のケニングだったのだろうと論じる[30] 。ヴァリキュリャとノルンに関する言及と異なり、スノッリ・ストゥルルソンの「スノッリのエッダ」にはディースという用語は一度も登場しない。
前述の通りディースは古高ドイツ語の itis 、古ザクセン語の idis 、そして 古英語の ides と同根語であり、全てが「ご婦人」を意味する[2]。そして イディシ(idisi)はドイツで現存する唯一の異教の文献である「メルゼブルクの呪文」にヴァルキュリャの名として登場する(後述)[31]。ディースは古ノルド語詩では「ご婦人」を意味し[2]、その名が「女主人(frawjō)」を意味するフレイヤの場合、ヴァナディース(「ヴァン神族のご婦人」)と呼ばれた。
ディースの曖昧な意味に加え、超自然的な女性が「ご婦人」という意味で「ディース」と呼ばれたのと同様に、人間の女性も超自然的な女性の名で呼ばれることが多く、これはスノッリ・ストゥルルソンが「詩語法」で指摘している。
| 「 | 女性はまた隠喩的にアース女神、ヴァルキュリャあるいはノルニル、あるいは超自然的な種類の女性の名で呼ばれる。[32] | 」 |
ディースという名称はノルウェーとスウェーデンの地名のいくつかに見られる[1]。さらにルーン石碑にも見られるように、女子の名前の要素としてよく使われ、アイスランドでは現在でも一般的である[33]。
この言葉は古高ドイツ語の名前では Itispuruc や Itislant のように接頭の要素として現れる。より頻繁に見られるのはソールディース(Thórdís)、ヒョルディース(Hjördís)、アースディース(Ásdís)、ヴィグディース(Vigdís)、ハルディース(Halldís)、フレイディース(Freydís)などのような古ノルド語の名前である。
古ノルド語の資料
古エッダやスカルド詩のいくつかに見られるさまざまなケニングでは、より具体的な分類であるノルンやフュルギャ、そしてヴァリキュリャの代わりにより総称的なディースが登場する。 古エッダの「ハムジルの歌」ではハムジルとセルリが異父姉であるスヴァンヒルドの非業の死の復讐を果たすため、ゴート族の王エルマナリクの元へ向かう様子が描かれる。道中で彼らは気乗りしない弟のエルプを殺害する。ゴート族の手により殺されそうになっているときに、セルリはエルプを殺すようにそそのかしたディースたちの残酷さについて語る。エルマナリクの首をはねれば彼らの遠征は成功するはずだった。この詩ではディースたちがノルンの同義語として現れていて、翻訳家のヘンリー・A・ベロウズはディースたち(dísir)をノルンたち(norns)と分かりやすく訳している。
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「グリームニルの歌」では、グリームニル(オーディン)がゲイルロズの死を予言し、彼の死はディースたちの怒りによるものだとしているが、ここでは dísir がノルンの同義語として用いられる。
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「レギンの歌」では未婚のリュングヘイズが 侮辱を込めて「狼の心を持つ娘(dís ulfhuguð )」と呼ばれる。この詩の後の方にはディースが戦いで死ぬ戦士を見送るために付き添う女性の霊として登場するが、ここでのディースの役割はヴァルキュリャのそれと同義である。
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ディースがヴァリキュリャと同義語として用いられるもうひとつの例はスカルド詩「クラーカの歌」でラグナル・ロズブロークが蛇穴の中で死を待つ間に詠んだ歌である。この詩には「ディースたちが私を家へ招いてくれる(Heim bjóða mér dísir)」という一節があり、彼が自身を待ち受けるものを詩的に表現する数少ないものの一つである。
ある資料ではディースを死んだ女性の霊と説明する。12世紀にグリーンランドで書かれたとされている「グリーンランドのアトリの詩」では、グラウムヴォルという登場人物が夫であるグンナルにディースの夢を見たと警告する。この部分のテキストは一部失われていて、これの前にグンナルが何を言っていたかは不明である。またこの箇所の番号をどうするべきかについても意見が分かれている。この箇所の翻訳案についてジョン・リンドウは2001年の自身の本 Norse Mythology で以下のように紹介している。
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