佐藤公哉
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 佐藤 公哉 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 1989年10月5日(36歳) |
| 出身地 | 神戸市, 兵庫県, 日本 |
| GP2シリーズでの経歴 | |
| デビュー | 2014 |
| 所属 | カンポス・レーシング |
| 車番 | 27 |
| 出走回数 | 20 |
| 優勝回数 | 0 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 0 |
| シリーズ最高順位 | 27位 (2014) |
| 過去参加シリーズ | |
| 2013-14 2012 2011 2011 2009–10 2008 2008 2006–07 2004 |
Auto GP ドイツ・フォーミュラ3選手権 フォーミュラ3・ユーロシリーズ FIA フォーミュラ3 インターナショナル トロフィー 全日本F3選手権 フォーミュラチャレンジ・ジャパン フォーミュラ・BMW パシフィック フォーミュラ・BMW UK アジア-パシフィック チャンピオンシップ ICA |
| 選手権タイトル | |
| 2014 | Auto GP |
佐藤 公哉(さとう きみや、1989年10月5日 - )は、日本人レーシングドライバー。兵庫県神戸市出身。帝京ロンドン学園卒業。
ジュニア/ミドルフォーミュラ

4歳の頃よりカートレースを始める。1998年〜2002年には鈴鹿サーキットレーシングスクール (SRS-K) に所属。高校進学時に渡英し、2006年よりフォーミュラ BMW UKへ2年間参戦。
2008年にはNISMOのオーディションに合格し、ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム (NDDP) の一員としてフォーミュラチャレンジ・ジャパン (FCJ) に参戦し、シリーズランキング2位を獲得。2009年には全日本F3選手権ナショナルクラスにステップアップし、チーム・ノバで2年間を戦う(2009年はシリーズ2位)。日産からSUPER GT GT300クラスのオファーを受けたが、ヨーロッパでフォーミュラレースを続ける事を選びNDDPを離れる[1]。
2011年にドイツのモトパーク・アカデミーからユーロF3に参戦し1勝。2012年には同チームよりドイツF3カップに参戦し、4勝してシリーズ3位を獲得。
2013年は元F1ドライバーの井上隆智穂がチームオーナーを務めるユーロノヴァよりAuto GPへ参戦[2]。前半戦3勝を挙げてチャンピオン争いを演じ、最終的に年間5勝・ランキング2位となった[3]。
2014年はカンポスレーシングよりGP2へ参戦しながら、並行してユーロノヴァよりAuto GPにも参戦した。GP2ではマシンセッティングに苦しみ、7位入賞1回に終わる。一方、2年目のAuto GPでは年間最多勝記録を更新する6勝を挙げ、自身のキャリア初となるシリーズチャンピオンを獲得した[4]。この階級のミドルフォーミュラにおいて、日本人ドライバーが欧州でチャンピオンとなったのも初めてだった。
F1

2013年7月、シルバーストンで行われたF1若手合同テストに参加し、ザウバーのマシンで走行した[5]。なお、このテスト機会のため資金難のザウバーへ25万ユーロを支払うと報道されたが[6]、佐藤側によると海外メディアが書きたてた誤報とのこと[1]。10月の日本GPではザウバーのリザーブドライバーに選ばれた。
SUPER GT
2015年から国内レースに復帰し、Team JLOCよりSUPER GTのGT300クラスに参戦。マシンはランボルギーニのガヤルド・ウラカン。
2019年シーズンより、四年間所属したJLOCから、つちやエンジニアリングに移籍。トヨタ・86 MCとポルシェ・911 GT3 Rで参戦。
2022年にMAX Racingに移籍、トヨタ・GRスープラ GTで2023年まで参戦した。
2024年につちやエンジニアリングにCドライバーとして復帰。トヨタ・GRスープラ GTで参戦する。2025年に正ドライバーとして再び参戦。