サッシャ・フェネストラズ

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生年月日 (1999-07-28) 1999年7月28日(26歳)
デビュー 2021-22
サッシャ・フェネストラズ
2025年
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生年月日 (1999-07-28) 1999年7月28日(26歳)
出身地 フランスアヌシー[1]
フォーミュラEでの経歴
デビュー 2021-22
所属 ニッサン・フォーミュラEチーム
車番 23
過去所属 ドラゴン / ペンスキー・オートスポーツ英語版
出走回数 6
ポールポジション 1
シリーズ最高順位 24位 (2021-22)
過去参加シリーズ
2020-2022
2019-2022
2019
2018
2017–2018
2016–2017

2016–2017
2015
スーパーフォーミュラ
SUPER GT
全日本F3選手権
GP3
FIA F3ヨーロッパ選手権
ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー 2.0
フォーミュラ・ルノー 2.0 NEC
フランスF4選手権
選手権タイトル
2019
2017

2015
全日本F3選手権
ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー
フランスF4 ジュニア チャンピオン

サッシャ・フェネストラズ・ジュールSacha Fenestraz Jules1999年7月28日 - )は、フランス出身のレーシングドライバー

2017年のユーロカップ・フォーミュラ・ルノー 2.0のチャンピオンである[2]

フォーミュラ・ルノー2.0

フランスのアヌシーアルゼンチン人フランス人の両親の間に生まれ、アルゼンチンコルドバで育つ[3]国籍はフランスとアルゼンチン。

2006年に7歳でカートを始め、フランスとアルゼンチンで活動。

2015年よりフランスF4に参戦。3回の総合優勝と11回のジュニアクラス勝利を得て、総合順位は2位となりジュニアF4チャンピオンを獲得。

2016年 フォーミュラ・ルノーを運転するフェネストラズ

2016年、Tech 1Racingからフォーミュラルノー2.0にステップアップした。モナコラウンドで最初のポールポジションを獲得し[4]、その後レースで最初の勝利を獲得した。その後、エストリルでの決勝レースで2回目のポールと勝利を獲得し、総合順位で5位に終わった。北ヨーロッパカップでも5位を獲得した。

エストリルでのシーズン後のテストで、チームチャンピオンのジョセフカウフマンレーシングでテストした後、2017年の契約をした[5]。フェネストラズは7レースに勝ち、さらに11レースで表彰台に立ち、チャンピオンになった。その結果、ルノースポーツアカデミーに選ばれた[6]

FIAヨーロッパフォーミュラ3選手権

2018年 ノリスリンクでのFIA F3ラウンド中のフェネストラズ

2017年9月、ニュルブルクリンクでの第8戦からカーリンに加わった[7]。2018年はカーリンよりフルシーズン参戦[8]ポーでのレース2で彼にとってシーズン最初の表彰台と勝利を獲得。ここではポールポジションからスタートし、ファステストラップも記録[9]。マカオグランプリでは3位表彰台を獲得した[10]

GP3シリーズ

2018年は、GP3シリーズの終盤2戦でアーデン・インターナショナルと契約し参戦した[11]

全日本フォーミュラ3選手権

ルノーからの支持を失った後、一時はレース活動を辞めようかと考えたフェネストラズは日本に移り、モトパークとのB-Maxレーシングで全日本F3選手権に出場する[12] [13]。フェネストラズは、TOM'S宮田莉朋とシーズンを通して戦い、8勝を挙げてもてぎでタイトルを獲得し、2015年ニック・キャシディ以来、初のルーキードライバーとしてタイトルを獲得した[14]

スーパーフォーミュラ

2020年、KONDO Racingに起用されスーパーフォーミュラにステップアップ[15]、開幕戦では3位表彰台を獲得。2021年もシーズン後半の2戦でスーパーフォーミュラに参戦した。

2023年第5戦SUGOでスーパーフォーミュラ初優勝を挙げ、同年はランキング2位となった。

フォーミュラE世界選手権へのフル参戦を挟み、2025年は3年ぶりに日本のレース界に復帰してスーパーフォーミュラとSUPER GT 500クラスにダブル参戦することが発表された。スーパーフォーミュラではトムスと契約し37号車に乗り、前年チャンピオンの坪井翔のチームメイトとなった[16]

フォーミュラE

2020年2月、マラケシュでのルーキーテストでパナソニック・ジャガー・レーシングからの参加者の1人に選ばれた[17]。テストでは、午前のセッションで4番目に速いタイムを記録し、総合10位でフィニッシュした[18][19]

2022年8月、ドラゴン / ペンスキー・オートスポーツアントニオ・ジョヴィナッツィが第15戦にて負傷を負い翌日の第16戦に出走できなくなったため、ジャガーのリザーブドライバーとして帯同していたフェネストラズがジャガーからレンタルされる形で代役として第16戦に出場、フォーミュラEデビューを果たした。

2024年フォーミュラE・東京e-prixでのフェネストラズ着用ヘルメット

2022年-23年シーズンからニッサン・フォーミュラEチームよりフル参戦。2シーズンフル参戦し、最高位4位を2回記録した。

スポーツカーレース

SUPER GT

2019年、フェネストラズはB-MAXチームでの全日本フォーミュラ3フル参戦に加えて[20]、KONDO RacingからSUPER GTのGT300クラスにも参戦した[21]平峰一貴とのコンビで日産・GT-R 56号車を駆り、第4戦チャーン(タイ)ラウンドで最高位となるクラス2位で表彰台に立つ。年間ではGT300クラスランキング6位でフィニッシュした[22][13]

2020年、SUPER GTではトヨタ陣営へ移籍しTGR TEAM au TOM’Sの36号車で参戦。これはFIA 世界耐久選手権(WEC)参戦に集中することになった中嶋一貴の後任としての抜擢で、関口雄飛とのコンビとなった[23]。開幕戦から表彰台を獲得し、シーズン通算では2位2回、3位2回を記録してのランキング4位となった[24]

2025年より日本レース界に復帰し、スーパーフォーミュラとのダブルエントリーとなる。SUPER GTではTGR TEAM SARDで関口とのコンビが復活した[25]

私生活

ギルフォードで暮らしていた時期は、アパートの部屋をF1ドライバーのランド・ノリスと共有していた [26]

レース戦績

参考文献

外部リンク

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