後三年駅
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駅名の由来
- 1921年(大正10年)12月12日:国鉄の駅として仙北郡飯詰村に開業[2]。
- 1976年(昭和51年)4月1日:貨物・荷物の扱いを廃止[4]。無人化[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。当時は簡易委託駅であった[5]。
- 2012年(平成24年)
- 2024年(令和6年)10月1日:えきねっとQチケのサービスを開始[1][8]。
- 旧駅舎(2005年9月)
周辺一帯が後三年の役の古戦場であったことによる[9]。源義家が雁の群れの乱れから敵の伏兵を察知したという、この戦乱で著名な逸話の舞台は、当駅の東約1kmの西沼付近である。義家と戦った清原氏の拠点・金沢柵は、当駅の東約3kmに位置する。横手駅・飯詰駅間に当駅が新設される際、駅名について近隣3町村(飯詰村・金沢西根村・金沢町)の間で紛糾が生じたため、この一帯の故事に由来する名称で妥結したという(高橋午山参照)。
駅構造
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線を有する地上駅である。互いのホームは跨線橋で連絡している。
横手駅管理の無人駅である。2012年(平成24年)4月20日に、JR東日本は2013年(平成25年)に開催される秋田デスティネーションキャンペーンと、それに向けて2012年(平成24年)に開催されたプレデスティネーションキャンペーンを見据えて、秋田を訪れる観光客を綺麗な駅舎で迎えることを目指して、当駅の建て替えを行うことを発表した[10]。地元の美郷町との合築で行われ、2012年(平成24年)12月22日に使用開始された[6]。後三年の役古戦場であることにちなんで、武士の兜をイメージしている[6]。外観は回廊や連子窓などを設置し、白壁、黒格子、丸柱で落ち着いた雰囲気を表現している。駅舎内には、ギャラリーとして後三年の役を解説するパネルなどが展示されている。木造平屋建て42平方メートルで、駅施設・都市施設ともに21平方メートルある[6][7]。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■奥羽本線 | 下り | 大曲・秋田方面[11] |
| 2・3 | 上り | 横手・新庄方面[11] |
- 3番線は上下双方の入線・発車に対応している。
- 駅舎内(2024年5月)
- ホーム(2024年5月)
駅周辺
駅開設後の1923年、当時の飯詰村(村長は江畑新之助。現在は美郷町)は、西沼の西側に「山本公園」(現在の「雁の里山本公園」)を開設、「後三年スキー場」「後三年競馬場」を付設するなどの開発を行った。1991年には横手市が西沼の東側に「平安の風わたる公園」を整備するなど、駅の東側一帯に後三年の役の歴史に関連する施設が所在する。
- 秋田県道266号耳取後三年停車場線
- 秋田県道267号金沢吉田柳田線
- 後三年駅前簡易郵便局
- 後三年合戦金沢資料館[9]
- 美郷町雁の里複合温泉施設 湯とぴあ
- 雁の里山本公園
- 平安の風わたる公園
- 道の駅美郷
