後三年駅

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所在地 秋田県仙北郡美郷町飯詰字東山本[1]
北緯39度21分52.1秒 東経140度32分18.5秒 / 北緯39.364472度 東経140.538472度 / 39.364472; 140.538472座標: 北緯39度21分52.1秒 東経140度32分18.5秒 / 北緯39.364472度 東経140.538472度 / 39.364472; 140.538472
所属路線 奥羽本線
キロ程 234.7 km(福島起点)
後三年駅
駅舎(2013年5月)
ごさんねん
Gosannen
横手 (6.4 km)
(5.1 km) 飯詰
所在地 秋田県仙北郡美郷町飯詰字東山本[1]
北緯39度21分52.1秒 東経140度32分18.5秒 / 北緯39.364472度 東経140.538472度 / 39.364472; 140.538472座標: 北緯39度21分52.1秒 東経140度32分18.5秒 / 北緯39.364472度 東経140.538472度 / 39.364472; 140.538472
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 奥羽本線
キロ程 234.7 km(福島起点)
電報略号 ネン
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1921年大正10年)12月12日[1][2]
備考 無人駅[1][3]
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後三年駅(ごさんねんえき)は、秋田県仙北郡美郷町飯詰字東山本[1]にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)奥羽本線である。

駅名の由来

周辺一帯が後三年の役の古戦場であったことによる[9]源義家が雁の群れの乱れから敵の伏兵を察知したという、この戦乱で著名な逸話の舞台は、当駅の東約1kmの西沼付近である。義家と戦った清原氏の拠点・金沢柵は、当駅の東約3kmに位置する。横手駅・飯詰駅間に当駅が新設される際、駅名について近隣3町村(飯詰村・金沢西根村金沢町)の間で紛糾が生じたため、この一帯の故事に由来する名称で妥結したという(高橋午山参照)。

駅構造

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線を有する地上駅である。互いのホームは跨線橋で連絡している。

横手駅管理の無人駅である。2012年(平成24年)4月20日に、JR東日本は2013年(平成25年)に開催される秋田デスティネーションキャンペーンと、それに向けて2012年(平成24年)に開催されたプレデスティネーションキャンペーンを見据えて、秋田を訪れる観光客を綺麗な駅舎で迎えることを目指して、当駅の建て替えを行うことを発表した[10]。地元の美郷町との合築で行われ、2012年(平成24年)12月22日に使用開始された[6]。後三年の役古戦場であることにちなんで、武士の兜をイメージしている[6]。外観は回廊や連子窓などを設置し、白壁、黒格子、丸柱で落ち着いた雰囲気を表現している。駅舎内には、ギャラリーとして後三年の役を解説するパネルなどが展示されている。木造平屋建て42平方メートルで、駅施設・都市施設ともに21平方メートルある[6][7]

のりば

番線路線方向行先
1 奥羽本線 下り 大曲秋田方面[11]
2・3 上り 横手新庄方面[11]
  • 3番線は上下双方の入線・発車に対応している。

駅周辺

駅開設後の1923年、当時の飯詰村(村長は江畑新之助。現在は美郷町)は、西沼の西側に「山本公園」(現在の「雁の里山本公園」)を開設、「後三年スキー場」「後三年競馬場」を付設するなどの開発を行った。1991年には横手市が西沼の東側に「平安の風わたる公園」を整備するなど、駅の東側一帯に後三年の役の歴史に関連する施設が所在する。

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
奥羽本線
快速
通過
普通
横手駅 - 後三年駅 - 飯詰駅

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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