愛の泉 (フラゴナール)
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| フランス語: La Fontaine d'amour 英語: The Fountain of Love | |
| 作者 | ジャン・オノレ・フラゴナール |
|---|---|
| 製作年 | 1785年ごろ |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 64.1 cm × 52.7 cm (25.2 in × 20.7 in) |
| 所蔵 | J・ポール・ゲティ美術館、ロサンゼルス |
| フランス語: La Fontaine d'amour 英語: The Fountain of Love | |
| 作者 | ジャン・オノレ・フラゴナール |
|---|---|
| 製作年 | 1785年ごろ |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 63.5 cm × 50.7 cm (25.0 in × 20.0 in) |
| 所蔵 | ウォレス・コレクション、ロンドン |
『愛の泉』(あいのいずみ、仏: La Fontaine d'amour, 英: The Fountain of Love)は、18世紀フランス・ロココ期の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが1785年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。2点のほぼ同じ大きさの同構図のヴァージョンがあり、それぞれロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館 (1999年以来)[1]とロンドンのウォレス・コレクション (1870年以来) [2]に所蔵されている。
「愛の泉」という主題は、自然と愛の進展の寓意である「愛の園」の物語の中心的主題である[1]。その起源は古代と中世の詩に遡る。この泉からは、キューピッドが矢を浸す水、あるいは恋人たちが飲み、恋に落ちる水が湧き出る。ほとんどどの時代においても芸術家たちはこのロマンチックな主題を扱ってきたが、1700年代の芸術家たちはこの主題を風俗画の主題として扱い、当時の衣装を纏った恋人たちが装飾的な泉の周囲の庭で戯れる姿を描いた[1]。

本作の場面は、恋愛を人間よりも強い自然の力、抑制できない情熱として表している。このような恋愛観は、本作が描かれた当時まだ新しいもので、「愛の泉」の図像はアリストテレスの時代から知られていたものの、本作の図像は直接の文学的典拠がなく、フラゴナールが独自に生み出したものである[2]。画家は、恋愛の最初に押し寄せる、ときめきに満ちた戸惑いの感覚で作品を満たしている[1]。
ニコラ・フランソワ・ルニョー (Nicolas François Regnault) による本作にもとづく版画は1785年に制作されており、本作が1785年に制作されたことを示している。この版画は、J・ポール・ゲティ美術館とウォレス・コレクション両方の作品をモデルにしているようである。技術的分析も、両作品が同時期に制作されたことを裏づけている[2]。作品の構図のための小さなスケッチが現存している[2]。
本質的にロココの画家であったフラゴナールは、非常に独創的な方法で当時登場してきた新古典主義の絵画に反応しており、カメオのような人物たちにやわらかく、朧な雰囲気を与えている[1]。とはいえ、2つの作品は、雰囲気と様式の点で非常に異なっている。ウォレス・コレクションのヴァージョンはより新古典主義的である一方、J・ポール・ゲティ美術館のヴァージョンはよりロココ的である。フラゴナールが同時に異なる様式を使い分けることを選択したのは、彼には典型的なことであった[2]。
なお、フラゴナールの晩年は不運なものであった。実際には彼の画風とは相容れない新古典主義の様式がフランソワ・ブーシェやフラゴナールのロココ様式を敵視するようになったからであった[3]。