王室の婚姻

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ハプスブルク家のスペイン王フェリペ2世とその妻であるチューダー家のイングランド女王メアリー1世。メアリーとフェリペは、『いとこ違い』(1世代違いのいとこ)の関係にあった。
ロシア皇帝ニコライ2世ヘッセン大公女アリックス(結婚に際して名をアレクサンドラ・フョードロヴナに改めた)との結婚式。二人は、曾祖父母であるヘッセン大公ルートヴィヒ2世バーデン公女ヴィルヘルミーネを共通の祖先とする再従兄妹(はとこ)の関係にあった。

王族間の婚姻(おうぞくかんのこんいん、Royal intermarriage)とは、支配王朝の構成員が他の君主一家に嫁ぐ(または婿入りする)慣行を指す。これは、かつては国家的利益を目的とした戦略的外交の一環としてより一般的に行われていたものである。王族出身者に対して法的に義務づけられる場合もあったが、多くの場合は君主制国家における政治的方針または伝統によるものであった。

ヨーロッパでは、この慣行は中世から第一次世界大戦の勃発までの間に最も盛んに行われていたが、世界の他地域においても、青銅器時代にまで遡る王朝間婚姻の事例が確認されている[1]。君主たちはしばしば、自らとその王朝の国力拡大や国際的地位の向上を追求していたため[2]、血縁関係の結びつきが侵略行動を促進または抑制する要因となることが多かった[3]。王朝間の婚姻は、国家間の和平の開始・強化・保証の手段として機能することもあれば、第三の王朝の領域に対する脅威を軽減または侵略を企図するために、二つの王朝が同盟を結ぶ手段となる場合もあった[3]。また、王が明確な男子後継者を残さなかった場合、女系相続人を通じて外国の王位またはその領土(植民地などを含む)への継承権を得ることで、王朝の領土拡大の可能性を高めることにもつながった。

ヨーロッパの一部地域では、王族が有力諸侯の家系と定期的に婚姻関係を結ぶ慣行が16世紀頃まで続いた。その後は、より国際的な婚姻が一般的となった。一方、他地域では王族間の婚姻はそれほど一般的ではなく、その頻度は時代の文化や外交方針によって変化していた。

アフリカ

脚注

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