近鉄マルーン
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| 16進表記 | #682a36 |
|---|---|
| RGB | (104, 42, 54) |
| マンセル値 | 2.5R 2.6/6.2 |
| 出典 | 「近鉄車両 -主要機器のあゆみ-」 |
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| 16進表記 | #9d0023 |
|---|---|
| RGB | (157, 0, 35) |
| マンセル値 | 5R 3/14 |
| 出典 | 「近鉄車両 -主要機器のあゆみ-」 |
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| 16進表記 | #8f0e36 |
|---|---|
| RGB | (143, 14, 54) |
| マンセル値 | 2.5R 3/11 |
| 出典 | 「近鉄車両 -主要機器のあゆみ-」 |
近鉄マルーン(きんてつマルーン)とは、近畿日本鉄道の一般車両[注釈 1](通勤形電車)の外板色に採用されている赤色塗装色の通称。
戦後では1954年(昭和29年)に大阪線区間車のモ1450形下半色で初めて採用された。
翌1955年(昭和30年)に落成の800系は40mm幅ステンレス帯付の一色塗りになり、その塗装は820系へ踏襲された。
一方、1957年(昭和32年)のモ1460形は「ベージュ・青帯」の初期新性能車塗装を採用して広軌線で拡がり、日本初の高加減速車両であった南大阪線の6800系は「オレンジバーミリオン・白帯」のラビットカー専用塗装を採用した。
旧型車のダークグリーンが塗り替えられ始めた1963年(昭和38年)9月頃に「あかね色」の色調になり、さらに南大阪線ラビットカーや奈良線8000系がマルーン系に塗り替えられ始めた時期(1968年頃)に「近鉄マルーン」に変化した。1986年(昭和61年)の3200系から色調を変更して「近鉄マルーンレッド」に改称し、東大阪線→けいはんな線[注釈 2]と当時は近鉄の運営であった特殊狭軌線の車両を除き、「シルキーホワイト」との2色塗り分けが従来車にも波及した[注釈 3]。
2000年(平成12年)落成のシリーズ21より、「アースブラウン」と「クリスタルホワイト」[注釈 4]のツートンに「サンフラワーイエロー」の帯を配した塗装となったが、従来車の塗色変更は行われなかった。
2024年(令和6年)落成の8A系より、マルーンレッドとシルキーホワイトの塗装を再開したが、両方の色も3200系と比較してわずかに色調を変更している[1]。
2026年(令和8年)より大阪線・名古屋線で運転開始した1A系・1B系には、マルーンレッドは採用されず、8A系でのマルーンレッドの部分をブルー(正式な色名は不明)に変更した塗装を採用した[2]。この塗装は名古屋線の在来車[3]の他、大阪線の在来車にも展開する計画である[2]。近鉄によるとブルーは「コーポレートカラーや(沿線地域の)伊勢志摩のイメージにあわせた」という[4]。
なお、近鉄より運営移管された養老鉄道では塗装簡略化のため近鉄マルーンレッド一色になった。リバイバル塗装では伊賀鉄道860系863Fと8400系8414Fに初代マルーン一色塗装を施していた。